省型旧形国電の残影を求めて

戦前型旧形国電および鉄道と変褪色フィルム写真を中心とした写真補正編集の話題を扱います。他のサイトでは得られない、筆者独自開発の写真補正ツールや補正技法についても情報提供しています。写真補正技法への質問はコメント欄へどうぞ

こちらは幌なし もう1両の元関西急電サロハ46 身延線 クハ68107 (蔵出し画像)

 さて、先日元サロハ46だったクハ68109を紹介しましたが、こちらも同じサロハ46→クロハ59→クハ55→クハ68と複雑な経緯を経てきた車両です。なお、関西向け43系のサロハ46は4両いましたが、その後身のうち2両が身延線にいたことになります。後の1両(クハ68111)は最後は松本運転所に配備され、信越線用70系とともに使用され、もう1両は4扉化され、片町線のクハ79となりました。

クハ68107 (静ヌマ) 1977.5 富士電車区

 本車はトイレがなかったので、主にクモハユニ44と組むか(1~3運用)、あるいは4両の10番台運用に組み込まれていたと思います。

f:id:yasuo_ssi:20220204203048j:plain

クハ68107 (静ヌマ) 1981.5 富士電車区

f:id:yasuo_ssi:20220204203357j:plain

クハ68107 (静ヌマ) 1980.12 富士電車区

 クハ68109ではなくなっていた、京阪神間用の列車種別を表示する客室扉脇幕板のサボ受けが残っていました。

 

f:id:yasuo_ssi:20220204203708j:plain

クハ68107 (静ヌマ) 1977.5 富士駅

f:id:yasuo_ssi:20220204204029j:plain

クハ68107 (静ヌマ) 1981.5 富士駅

f:id:yasuo_ssi:20220204204313j:plain

クハ68107 (静ヌマ) 1981.5 富士電車区

f:id:yasuo_ssi:20220204204554j:plain

クハ68107 (静ヌマ) 1981.5 富士電車区

f:id:yasuo_ssi:20220210213416j:plain

クハ68107 (静ヌマ) 1980.12 富士電車区

本車の車歴です。

1934.7 日本車輛製造 (サロハ46101) 大ミハ → 1936 改番 (サロハ46015) → 1937. 8 改造 吹田工(クロハ59023) → 1937.11.3 大アカ → 1938.10.20 大ミハ → 1943.7.23 改造(座席撤去) 吹田工 (クハ55107) → 1948.11.28 座席整備 → 1951.11.30 大アカ →1954.10.2 改造 & 更新修繕 吹田工 (クハ68107) → 1965.3.4 静ママ  →  1966.8.1 静フシ  → 1969.4.11 静ヌマ → 1981.10.19 廃車 (静ヌマ)

 元々の車番は、サロハ46101で、急電用だったため、中間車となりました。関東・横須賀線向きサロハ46とは引き通し線の芯数が異なるので、100番台を名乗っていましたが、1936年に横須賀線の追番に改番されました。しかしモハ52が配備されると、急電運用から外れてクロハ化され、明石電車区にモハ51らとともに移動、さらに戦時中は3扉化と座席撤去を受けてクハ55に編入されます。戦後セミクロスシート化されるとクハ68に編入されますが、元々のクロハ59のグループが若番を与えられたのに対し、本車は40系、クハ55改造車の追番となり、100番台となりました。関東からの73系の進出で、1965年に比較的早い段階で飯田線に転属、まもなく身延線に転用され、15年間走り続けました。ほぼ同僚だったクハ68109と同じような経歴をたどっています。

 なお、客室内の写真は撮っていませんでしたが、当時のメモによれば、貫通路は原形の木製ドアが維持されるとともに、クハ68109とは異なり客室内のニス塗りは維持されていたようです。

--------------------

yasuo-ssi.hatenablog.com