省型旧形国電の残影を求めて

戦前型旧形国電および鉄道と変褪色フィルム写真を中心とした写真補正編集の話題を扱います。他のサイトでは得られない、筆者独自開発の写真補正ツールや補正技法についても情報提供しています。写真補正技法への質問はコメント欄へどうぞ

赤変褪色ポジフィルムの補正: GIMP 平滑化 vs. Vuescan 退色復元

f:id:yasuo_ssi:20210425152745j:plain

当記事のポイント

GIMPの平滑化(equalize = ヒストグラム平坦化)は、より厳しい条件の赤変褪色ポジ画像において、Vuescanよりもより良好な補正結果が得られる可能性がある

・但し、トーンジャンプが発生するという弱点がある。これについてはフリーのRaw現像ソフトを使うことにより補完・補正が可能

Photoshopの平均化とGIMPの平滑化は、英語名称は同じequalizeだが、機能的には全く別物で、Photoshopの平均化は赤変褪色ポジフィルムの補正に効果はない

 

 先日、GIMPの平滑化が赤変褪色ポジフィルムに非常に有効であるということを指摘した記事をアップしました。その際、少なくとも日本語ではこの事実は言及されていないのではないか、と書きましたが、この事実が気付かれていないのはどうやら日本だけではないようです。

 英語で、GIMP equalize faded reversal film correction (または restoration, adjustment) といったキーワードを検索エンジンに投げて検索してみても、赤変ポジの補正にGIMPの平滑化を使った記事がヒットしません。どうも[平滑化 equalize] という名前が良くないのではないかと思います。

 例えば、アメリカで写真のデジタル補正を扱った以下のサイトがあります。

photo-repair.com

 この筆者の方は、アメリカの大手出版社 Routledge から"DIGITAL RESTORATION
From Start to Finish"という、古くなって褪色したり汚損、破損した写真のデジタル復元技法をまとめた本を出版されているようですが、このサイトの以下のURLに、赤変褪色ポジからの復元例が掲載されています(詳しい手法は上記本に掲載されているそうです)。

https://photo-repair.com/bigsample_e1slide.htm

 上のページの中で、このサンプルをここまで復元するのに8時間かかったとあります。しかし、GIMPにオリジナルの部分を切り取って、平滑化に掛けてみると、黒い部分が緑色に変色するという問題はありますが、それ以外は、かなりうまく復元できます(補正結果は掲載できないので各自試してみてください)。ここからもうちょっと手を加えると、30分~1時間程度で十分いけそうな感じがあります。

https://photo-repair.com/bigsample_sarahfamily.htm

 またこちらも復元に3時間かかったと書かれていますが、これもGIMPの平滑化を掛けると、瞬間でかなり近いところまで行きます。あとは、もう少しコントラストを下げれば、サンプルにかなり近いところまで行きそうです。おそらくこの著者はPhotoshopを使っているせいか、GIMPの平滑化の有効性を知らないと思われます。しかしGIMPを知らなくても Vuescanを使うとか、あるいはPhotoshopの有料プラグインを使うとか手立てはありそうなのですが...

 

 とは言え、GIMPの平滑化の原理はまさに褪色ポジの補正に必要なことを自動化しているようなものですので、この方法が褪色ポジの補正に有効 (褪色カラーネガの補正にも有効なはずです) なのは間違いありません。

 しかし、Akkana Peckによる GIMPの入門書、"Beginning GIMP: from Norvice to Professional" (2nd Ed. , apress, 2008)のequalizeの説明でさえも "Eaualize tries to spread the imege's colors out among a wider range of intensities. Most of the time, you probably won't like the effect, but sometimes it brings out deatil you didn't realize was there."(p. 50) の二言で済まされています (大概はダメだが、時に気づかなかったディティールの発見に役立つ、程度の評価)。この機能の過小評価です!! これではこの機能の凄さ、有効性に誰も気づくわけがありません。

 というわけで再度、GIMPの平滑化と、有償ソフト代表として Vuescanの退色復元による赤変ポジ補正の結果比較を行ってみたいと思います。なお、結果には単純な変換以上に手を加えません。

 

サンプル1

f:id:yasuo_ssi:20201106215309j:plain

図1-0. オリジナル

f:id:yasuo_ssi:20201106215338j:plain

図1-1. Vuescan 退色補正+色の復元

f:id:yasuo_ssi:20210417110357j:plain

図1-2. GIMP平滑化

 サンプル1は前にも何度か掲載している写真です。Vuescanの補正結果はやや明るくなっている一方、GIMPの平滑化はやや暗いですが、これはフォトレタッチソフトで十分調整できますので根本的な問題ではありません。GIMPの方はやや赤みが抑えられていますがこの辺りは好みの問題でしょう。また空のディティールはGIMPがより良く保全されているのは、以前の例と同じです。両者の補正力はほぼ互角かと思います。

 

サンプル2

f:id:yasuo_ssi:20210417112011j:plain

図2-0. オリジナル

f:id:yasuo_ssi:20210417112035j:plain

図2-1. Vuescan 退色補正 (色の復元なし)

f:id:yasuo_ssi:20210417112104j:plain

図2-2. GIMP 平滑化

 こちらのサンプルは上より厳しい条件となっています。もともとはハーフサイズのスライドフィルムを、デジタル一眼カメラでフィルムデュープしたものです。補正した両者とも色がオリジナルよりだいぶ復元されていますが、その一方でコントラスト、色の濃さはオリジナルより薄くなっています。ただこの辺りは追加補正でかなりオリジナルの近いところまで持って行けるのではないかと思います。色の復元度合いは、明らかにGIMPの方がvuescanより一歩上手です。オリジナルの色がどうだったか、見た目でほぼ推定できるところまで補正できています。なおvuescanの補正で色の復元をOFFにしているのは、これをONにすると、色が灰色っぽくなってしまい、著しく彩度が落ちるためです。

 

サンプル3

f:id:yasuo_ssi:20210417113404j:plain

図3-0. オリジナルを色温度調整したもの

f:id:yasuo_ssi:20210417113436j:plain

図3-1. Vuescan 退色補正+色の復元

f:id:yasuo_ssi:20210417113455j:plain

図3-2. GIMP平滑化

 この写真も以前掲載したことがあります。もともとはサクラのフルサイズのリバーサルフィルム・スライドをデジタル一眼カメラでフィルムデュープしました。が、2チャンネル目と3チャンネル目(GとB)間の差異、輝度分布の多様性がだいぶ減ってしまい、見た目でもオリジナルの色の推定が極めて困難になっているケースです。かなり厳しい条件です。これはオリジナルからではなく、少しでもGチャンネルとBチャンネルの違いを増幅するために、一旦オリジナルの色温度を青い方向に補正した図3-0の画像を補正に掛けてみました。

 Vuescan、GIMPともに、オリジナルの色の復元や補正画像からの色の完全推定は無理ですが、しかし、GIMPの方はコントラストがしっかりしており、木の床板の質感は、vuescanよりうまく再現できています。また後ろのカーテンの色もGIMPの補正画像を見ると明らかに黄色系と分かりますが、vuescanによる補正だとそこまで判別できません。GIMPの補正と並べてみて、黄色系なのだな、と感じられる程度で、単独だと分からないと思います。このケースについてもやはりGIMPの方がVuescanより明らかに上手と結論付けてよいと思います。

 以上の例から判断できることは、オリジナル画像のコンディションがより厳しい状況であるほどGIMPの平滑化アルゴリズムの、vuescanの退色復元に対する優位性が発揮されるように思います。

  ともあれ、GIMPの平滑化が、赤色褪色ポジフィルムの最有力補正ツールであるということは、強く強調しておきたいと思います。また均等に褪色したネガカラーフィルムに関しても有効である可能性が高いと思います。こちらも次回試してみたいと思います。

 なお、強力な平滑化ですが、一点だけ残念な点があります。それは一旦、ヒストグラムを作成してからその分布を調整するという原理上仕方ないことですが、16bit のデータを使っていても、事実上8bit相当の諧調に落ちてしまうという点です。つまり16bit画像に平滑化を適用すると、結果画像自体は16bitであるものの、トーンジャンプが発生し 8bit 相当の諧調になります。これは 16bit の諧調データを使って、256の間隔に分けたヒストグラムを一旦作成し、そしてそのヒストグラムの分布を調整するという作業を行うためです。これは、オリジナルデータが 8bit ですと、さらに諧調が減ってしまう、ということを意味します。

 これに関しては、フリーのRaw現像ソフト、RawTherapeeやdarktableに読み込ませて保存しなおすと、トーンジャンプが発生したところを補完してくれますので対処可能です。Raw現像ソフトは、大概12-14bitであるオリジナルのデジタルカメラ用のRawデータを 8, 16, 32bitのbit深度を持つファイルに変換して保存します。そのためbit深度の少ないデータをよりbit深度の深い変換するために自動的に補完し最適化して保存するアルゴリズムをもともと持っているはずであり、それがファイル保存の際に適用されるものと思われます。それがこのような場合でも適用されてジャンプしたトーンを補完して保存してくれるのでしょう。但し、コントラストやホワイトバランス調整など、何らかの調整過程を経る必要があります無調整のまま出力してはトーンジャンプの補完は行ってくれません

 なお、RawTherapee, darktable以外のRaw現像ソフトでも同様なのかは試していないので分かりません。

f:id:yasuo_ssi:20210509174621j:plain

GIMPで平滑化を掛けた直後のヒストグラム
(トーンジャンプ盛大に発生)

f:id:yasuo_ssi:20210509174651j:plain

上のファイルを一旦darktableに読み込ませ、filmicRGBなどで調整して出力したものを
再びGIMPで読み込む (トーンが編集した際ある程度トーンジャンプが補完されている)

附論

 実はPhotoshopにも平均化(equalize)という機能があります。英語での名称はGIMPと同じequalizeですが(日本語訳は異なりますが... )、しかし結果は全く違います。Photoshopの方は、ほとんど赤変ポジに効果がありません。ちょっとはましになる程度で、ほぼ自動カラー補正と大差ありません。adobeの公式マニュアルによると、どうやら Photoshop の equalize は明るさのみ調整して、カラーには手を付けないようです*1GIMPの平滑化(equalize)のみ赤変ポジに劇的効果がありますGIMPPhotoshopのequalize機能は全く別ものですのでご注意ください。

 Photoshopのequalizeが赤変ポジに効果がないので、それに引きずられて、欧米でもGIMPのequalize機能の有効性に気づかれていない可能性があるように思います。

-----------

[追記]

 以下に、GIMP の平滑化を使った褪色補正チュートリアル記事を載せました。

yasuo-ssi.hatenablog.com

 

*1:以下のPhotoshop公式マニュアルをご参照ください。

helpx.adobe.com