飯田線
ランキング参加中鉄道 こちらはクモハ51200です。この車はなかなか良い形式写真が撮れず、非常に心残りだった車です。ただ最後の最後、1983年の6月に訪問した時に、伊那松島区で運用とダイヤを確認して、ここならうまい形式写真が撮れそうだととある駅で待ち…
この車輛は、以前高尾山麓日記で紹介しました。以下の内容もその記事をアレンジして掲載します。 流電も合いの子も良かったのですが、戦前型旧型国電の中でも一番好きだったのは、いささかいかつい関西国電の雄、クモハ43でした。角張って貫通路が正面にしっ…
本車は飯田線で活躍したオリジナルのクモハ54です。飯田線では当初豊橋機関区に所属していましたが、1978年の80系投入以降も伊那松島機関区に移って1983年の旧形国電終焉まで活躍した車両です。 クモハ54006 (静トヨ) 1977.12 豊橋駅 ご覧のように客用扉脇の…
こちらも飯田線の「普通の」クモハ54で、やはり大阪向けモハ60を改造してクモハ54に編入されたグループです。 クモハ54111 (静トヨ) 1978.4 豊橋駅 この車両は1970年に大阪からやってきて、伊那松島区に配属されました。1978年の80系の投入でも移動すること…
本車両はもともと1936年の常磐線松戸電化用として製造されたクハニ67001です。この年本車と67002が常磐線用の荷物合造車として製造されました。このあと、横浜、総武、赤羽線用としてクハニ67は増備されますが、登場時期が早かった本車と67002のみが、リベッ…
こちらは飯田線のクモハ54106です。豊橋区に80系導入後、伊那松島区で地道に乗客輸送の主力を担った多数派クモハ54の中の1両です。1978年の豊橋機関区の80系化では、100kwのMT-15搭載車の多くが廃車となり、出力強化されたMT-30搭載車が主力となりました。 …
本車は中部天竜機関支区に揃っていたオリジナルのクモハ51の中でも、生粋の関西生まれのクモハ51044(静チウ)です。関東向けモハ51とは異なりモハ41に編入されることもありませんでした。運転台窓のHゴム化は右側のみで、比較的原型に近い姿です。 クモハ5104…
こちらは飯田線、旧形国電末期の旅客輸送を地道に担った、多数派のクモハ54の1両です。80系投入後、旧形国電末期の飯田線の輸送の主力だった1両です。飯田線に行くには泊りがけで行かなければなりませんので、なかなか訪問することができず、今見ても納得の…
本車は元々横須賀線用モハユニ61として製造されたものを飯田線に転用した車輌です。形態としては国鉄内部で大阪形とも呼ばれた51系に属しますが、51系の中では唯一大阪とは無縁だったグループです。 クハユニ56002 (静ママ) 1983.6 伊那松島機関区 クハユニ5…
今回の車両は、飯田線で唯一押込み式ベンチレータを備えていたクモハ54007です。押込みベンチレータを備えていた... ということは一時仙石線で使われていたということです。仙石線使用後、飯田線に転属してきました。しかしクモハ54であったにもかかわらず、…
今回は飯田線の車輛を紹介します。こちらは、ロングシート車ながらも、高出力の両運転台車として伊那松島区で重宝に使われていたクモハ61の1両です。当時飯田線ではクモハ61003~005の3両のクモハ61が在籍していました。 なお今回お見せする写真のうち、モノ…
本記事は以前「高尾山麓日記」に載せていた記事の手直し、および写真を追加したものです。 さて、1978年10月の改正で80系が導入されるまでは、豊橋機関区中部天竜機関支区 (後の佐久間レールパーク) には11輌の電車が配属されていました。その1輌は、最後ま…
このブログを開設してすぐアップしたクモハ53007の写真ですが、今回は、前回掲載した写真はすべてスキャンし直し、もしくは再補正を行いました。そのほか、室内や部分写真など蔵出し画像を今回掲載しています。 クモハ53007 伊那松島機関区 (1978.1) クモハ5…
クモハ42というと、宇部・小野田線で2003年まで、70年間活躍し、どうやら現在も車籍があるらしい42001があまりにも有名ですが、実は飯田線の方にもっとたくさんいました。飯田線にはクモハ42008, 009, 010, 013 の4両が在籍していました。クモハ42は43ととも…
2022年明けましておめでとうございます。最近は主に写真補正編集技法や編集ツールの開発・紹介がメインになっておりますが、もともとは昔撮りためた鉄道写真を展示しようと思って始めたブログでした。このために変色したネガ写真を救済しようと、写真補正ツ…
以下のyoutube URLにて、飯田線旧形国電辰野→豊橋直通 1230M 6時間半の旅程の全録音動画を限定公開しました。この録音は飯田線旧形国電置き換え直前の1983年6月10日に録音したものです。限定公開のためyoutube上から検索はできません。 現在飯田線には全線を…
先日1975年改正飯田線電車運用図を掲載しましたが、次は電気機関車運用図です。 まず豊橋機関区のEF10の運用から... 豊橋機関区EF10機関車運用表 豊橋機関区 EF10 運用ダイヤ (豊橋-中部天竜間) 二番目の資料は、豊橋-中部天竜間昼間ダイヤと題されています…
前回は1983年の飯田線旧型国電置き換え計画について記事を書き、同時に1978-83年の電車運用図も掲載しました。今回は飯田線豊橋口に80系が進出する前、1975年3月改正の飯田線電車運用図を掲載します。これは豊橋機関区の戦前型旧型国電の最後の運用でもあり…
さて、先日1981年当時の身延線の旧型国電の置き換え計画を公開しましたが、今度は1983年6月の飯田線伊那松島区の旧型国電置き換え計画です。当時すでに3月改正で豊橋区の80系は119系に置き換えられていました。おそらく乗降客の多い豊橋口で、豊橋口中心に運…
クモハ43015 (静ママ)固有の色数: 1,008,114色 さてこちらの写真は、阪急のデイ100に対抗すべく1934年に国鉄の京阪神間に投入された、ご存じ関西急電の祖、クモハ43の飯田線での最晩年の姿です。 ところで、この写真は赤変褪色したラッシュフィルムをコニカ-…
こちらは、飯田線旧型国電置き換え直前 (1983.6) のクハ68404です。撮影場所は豊橋駅です。 クハ68404 (静ママ) この、写真も黄変写真から復旧したものです。スキャン直後のオリジナル写真は下記のような状態でした。 オリジナル オリジナル Bチャンネル
[ここに掲げている写真は、2021.5.21に再編集したものと入れ替えました] こちらは、1983.8.21に撮影した飯田線旧型国電さよなら運転の写真です。飯田線の旧型国電は、1983年6月に引退しましたが、ファンのためのさよなら運転が、8.20-21の二日間にわたって行…
コロナ禍の2020年ももう過ぎようとしています。皆様この一年はいかがでしたでしょうか。予定されていた大みそかの終夜運転も中止になりました。さてひと月ぶりに旧型国電の写真です。終夜運転中止の代わりと言っては何ですが、夜の旧型国電の写真です。こち…
一応ブログのタイトルがタイトルですので、月に1回ぐらいは旧型国電の写真を紹介しなければということで、今回は手抜きの紹介です。先日黄変写真補正のサンプルとして掲示したクハユニ56011(静ママ)の写真を再掲載します。ただ補正をちょっと変えました。今…
こちらも黄変ネガから救済した写真です。1983年6月飯田線定期運用最後の活躍を続ける旧型国電で、先頭からクモハ54 (60からの改造タイプ)+クハ68+クハ47+クモハ53008で、場所はおそらく北殿駅か田畑駅周辺だったはず。
以下の写真は1983.8.21に実施された飯田線さよなら運転 (伊那松島→中部天竜間) 終了直後、中部天竜機関支区に留置されるクモハ53008です。
クモハ53007 1978.5 中部天竜 クモハ53007 1978.1 伊那松島機関区 はてなに移っての飯田線の旧型国電画像の第一弾ですが、クモハ53007 (静ママ)です。もともとは関西急電クモハ52の増備として製造されましたが、前面は流線型をやめて通常の半流になり、クモ…