省型旧形国電の残影を求めて

戦前型旧形国電および鉄道と変褪色フィルム写真を中心とした写真補正編集の話題を扱います。他のサイトでは得られない、筆者独自開発の写真補正ツールや補正技法についても情報提供しています。写真補正技法への質問はコメント欄へどうぞ

写真

良い写真が撮れなかった飯田線クモハ51200 (蔵出し画像)

こちらはクモハ51200です。この車はなかなか良い形式写真が撮れず、非常に心残りだった車です。ただ最後の最後、1983年の6月に訪問した時に、伊那松島区で運用とダイヤを確認して、ここならうまい形式写真が撮れそうだととある駅で待ち構えていたら、別の車…

中央西・篠ノ井線でようやく先頭に立てたクモハ43802 (一部蔵出し画像)

2023年、新年あけましておめでとうございます。 毎年、今年こそはいいことがありますようにと祈ってはいますが、どうも社会全体としては年々悪化の一途をたどっているようで、心配です。昨年のせめてもの慰めとしては長年蓋をされてきた統一教会問題が再び明…

信越線ではあまり活躍できず仕舞いで終わった クハ68090 (蔵出し画像)

本日ご紹介する旧形国電は、松本運転所にいたクハ68090です。本車は仙石線の快速用として使われていましたが、仙石線では1975年にセミクロス車の使用が停止となり、それによって本車はモハ70とともに仙石線から信越線に移ってきた車輛です。 当時信越線では…

クハ55最後の平妻グループをセミクロス化した 信越線のクハ68075 (蔵出し画像)

本車は信越線で70系に交じって活躍していたクハ68ですが変わり種です。というのは、東京向けのクハ55の最後の平妻グループから改造されたクハ68だからです。40系の最初のグループは城東線・片町線用に大阪に配備されましたが、1934~35年の平妻車は関東向き…

元サロハ46、身延線の兄弟車 信越線のクハ68111 (蔵出し画像)

既に、身延線車両の紹介で、元関西急電のサロハ46→モハ52投入で短編成化のためクロハ59→戦時対策で三扉化クハ55→戦後クロスシート復活でクハ68と複雑な変遷を経てきたクハ68、2輌を紹介しましたが、本車はその残りの1輌です。 本車は兄弟とは離れ一人信越…

飯田線 クモハ43009 (一部蔵出し画像)

この車輛は、以前高尾山麓日記で紹介しました。以下の内容もその記事をアレンジして掲載します。 流電も合いの子も良かったのですが、戦前型旧型国電の中でも一番好きだったのは、いささかいかつい関西国電の雄、クモハ43でした。角張って貫通路が正面にしっ…

元東急、前身はなんと院電だった 上田交通 モハ3310

上田交通は、1958年から東急グループ入りしていたようですが、車両の方は長年東急から譲渡を受けることはありませんでした。本車は2番目に東急から譲渡された車両のようです。最後まで東急時代そのままグリーンに塗られていました。形式は、東急時代はデハ3…

やはり丸窓電車 上田交通 モハ5253

こちらは、上田交通の丸窓電車、モハ5250形、モハ5253です。 上田交通 モハ5253 夕方のラッシュ運用で別所温泉駅にやってきたモハ5253です。 上田交通 モハ5253 日中は、この日は上田原にいました。 上田交通 モハ5253 上田交通 モハ5253 元青蛙、平面ガエル…

上田交通の丸窓電車 モハ5251 現役時代

こちらは有名な上田交通の丸窓電車、モハ5251です。大正時代に流行った丸窓電車ですが、撮影当時まで残っていたケースは非常に少なく、丸窓電車は上田交通のアイデンティティシンボルになっていました。現在上田交通を走る電車(元東急1000形)も丸窓の意匠を…

やはり長野電鉄からやってきた、上田交通 クハ271 (蔵出し画像)

こちらは、モハ5271と同じく長野電鉄からやってきた車両です。かつての上田交通は、日中はモハの単行で運行され、クハは朝夕の多客時の増結用としてのみ使われていました。そのため、あまり写真がありません。 上田交通 クハ271 Wikipediaで調べた車歴は、下…

大糸線で八面六臂の活躍をしたクモハ40077 (蔵出し画像)

こちらは大糸線末期に、クモユニ81を除くと唯一の両運転台車だったクモハ40077です。この車は大糸線ロングシート車中、唯一運転台側に幌枠がつけられていた車両です。両運転台の上幌付きということで、かなり重宝されて、八面六臂の大活躍をしました。車両の…

飯田線 クモハ54006 とクモハ54偶数車の謎 (蔵出し画像)

本車は飯田線で活躍したオリジナルのクモハ54です。飯田線では当初豊橋機関区に所属していましたが、1978年の80系投入以降も伊那松島機関区に移って1983年の旧形国電終焉まで活躍した車両です。 クモハ54006 (静トヨ) 1977.12 豊橋駅 ご覧のように客用扉脇の…

長野電鉄からやってきた、上田交通モハ5261 (蔵出し画像)

さて、今回は旧形国電ではありません。750V時代の上田交通のモハ5261です。上田交通は1986年10月1日付で1500Vに昇圧され、それまで名物だった丸窓電車などが、東急からやってきたアオガエルなどと交代し引退してしまいました。その直前の9月に撮影しました。…

後に運転台窓が改修された 飯田線 クモハ54111

こちらも飯田線の「普通の」クモハ54で、やはり大阪向けモハ60を改造してクモハ54に編入されたグループです。 クモハ54111 (静トヨ) 1978.4 豊橋駅 この車両は1970年に大阪からやってきて、伊那松島区に配属されました。1978年の80系の投入でも移動すること…

唯一リベット締めだった 飯田線名物合造車 クハユニ56001 (蔵出し画像)

本車両はもともと1936年の常磐線松戸電化用として製造されたクハニ67001です。この年本車と67002が常磐線用の荷物合造車として製造されました。このあと、横浜、総武、赤羽線用としてクハニ67は増備されますが、登場時期が早かった本車と67002のみが、リベッ…

モハ60をセミクロス化した 飯田線 クモハ54106 (蔵出し画像)

こちらは飯田線のクモハ54106です。豊橋区に80系導入後、伊那松島区で地道に乗客輸送の主力を担った多数派クモハ54の中の1両です。1978年の豊橋機関区の80系化では、100kwのMT-15搭載車の多くが廃車となり、出力強化されたMT-30搭載車が主力となりました。 …

身延線さよなら運転を務めたクモハユニ44801 (蔵出し画像)

いよいよ身延線旧形国電シリーズ最後の車輛となりました。やはり最後の車輛にふさわしいのは、1981.8.31身延線旧形国電最終日にさよならヘッドマークを掲げて走ったクモハユニ44801でしょう。身延線を代表する名物車輌の一両でした。 クモハユニ44801 (静ヌ…

大糸線の典型的なクモハ60 クモハ60113 (蔵出し画像)

本日ご紹介する車両は、大糸線に使われていたクモハ60113です。写真を探しましたがこの1枚しか撮れていませんでした。戦時中にモハ63が登場するまで作られたモハ60の典型です。ご覧のように末期まで美しいPS-11を維持していました。また前面の通風機もつぶさ…

検重車 ケ13 (蔵出し画像)

こちらは非常に珍しい貨車、検重車 ケ13です。形式はケ10形でした。Wikipediaによると、検重車とは車両の軸重を測る貨車であり、この形式は橋梁耐重検査用車と呼ばれるものだそうです。 ケ13 浜松駅常備 (浜松工場用) 1977.7 長野駅 Wikipediaによりますと、…

中部天竜支区にいた 関西出身の原形クモハ51 飯田線 クモハ51044

本車は中部天竜機関支区に揃っていたオリジナルのクモハ51の中でも、生粋の関西生まれのクモハ51044(静チウ)です。関東向けモハ51とは異なりモハ41に編入されることもありませんでした。運転台窓のHゴム化は右側のみで、比較的原型に近い姿です。 クモハ5104…

32系中唯一トップナンバーを守った 身延線 クハ47001 (蔵出し画像)

身延線戦前型旧型国電 (1975-81) の未紹介の車両も、本車を含め、後残すこと2両となりました。 こちらはクハ47のトップナンバークハ47001です。32系のトップナンバーは改造されたり、改番されたりで、元の番号のまま残った車両はほとんどないのですが、本車…

元関西向けモハ60をセミクロス化した 飯田線 クモハ54125 (蔵出し画像)

こちらは飯田線、旧形国電末期の旅客輸送を地道に担った、多数派のクモハ54の1両です。80系投入後、旧形国電末期の飯田線の輸送の主力だった1両です。飯田線に行くには泊りがけで行かなければなりませんので、なかなか訪問することができず、今見ても納得の…

室内はペイント塗潰しだった 身延線 クモハ51824

いよいよ身延線戦前型旧形国電中、未掲載の車輛も残り少なくなってきました。未紹介車輛は本車を含め残り3輌です。 本車は身延線用モハ51800代の内、元関東向けモハ51の最終番号車です(元モハ51024)。それとともに、室内がモスグリーンに塗られていた車両と…

身延線から大糸線にやってきた サハ45005 (蔵出し画像)

今回は大糸線の車輌を紹介しますが、身延線と御縁のあった車輌です。本車はもともと横須賀線用のサロ45として製造されましたが、横須賀線引退後身延線に移り、さらに大糸線に移った車両です。 サハ45005 (長キマ) 1977.7 北松本運転支所 写真をご覧になると…

横須賀線から飯田線経由で身延線に行った クハ47055 (蔵出し画像)

本車は、クハ47051 (改造当初は47011) 、47053 (同47012)と並んで、クロスシートだった数少ない改造クハ47の1輌です。改造クハ47の多くは連合軍専用車を経たため、多くはロングシートでした。 クハ47055 (静ヌマ) 1977.5 富士電車区 クハ47055 (静ヌマ) 1981…

クモハ51800代 第2次車トップバッター 身延線 クモハ51814 (蔵出し画像)

クモハ51804以降の800代では、本車からクモハ51の第2次車になります。つまり、当初から全室運転台車として製造された車です。そのため、第1次車とは異なり、運転台扉とその後位の窓の間隔が開いています。このグループも関東仕様の偶数車でした。 クモハ5181…

運行灯がHゴム化されていた 身延線のクモハ51812 (蔵出し画像)

こちらも元関東向けクモハ51第1次車を低屋根化した車輛で、元番号はクモハ51009でした。このグループは51系中、唯一半室運転台だったグループで、後に更新修繕の際に全室運転台に改められました。またこのグループは1960年代に運転台窓のみならず全車運行灯…

原形の前面通風器が残っていた 身延線 クモハ60808 (蔵出し画像)

こちらは身延線の普通のクモハ60です。正面の通風機は原型のままで、原型の雰囲気をよく残した車両でした。 クモハ60808 (静ヌマ) 1981.7 富士駅 戸袋窓を見ると、内側がモスグリーンに塗られているのが見えますので、おそらく客室内もモスグリーンのペイン…

デフロスターのなかった原形クハ47 身延線 クハ47007 (蔵出し画像)

本車は原型のクハ47の1輌で、クハ47005~7の3輌は外見が非常に似ていました。正面に設置された引出式の列車種別表示器 (もともとは1933年国電区間中央線急行運転由来)、側面腰板に設置された列車種別サボもいずれも備えていました。典型的な身延線原形クハ47…

正面貫通路脇手すりが特徴だった 身延線 クハ47106 (蔵出し画像)

本車は東海道・山陽線京阪神間用として1933年度にクハ58008として製造されました。その後、横須賀線を経由し身延線にやってきた車輌です。 クハ47106 (静ヌマ) 1976.4 富士電車区 正面貫通扉脇に、戦前の国電の後位貫通路開き戸脇にあったような大きな手摺が…