省型旧形国電の残影を求めて

戦前型旧形国電および鉄道と変褪色フィルム写真を中心とした写真補正編集の話題を扱います。他のサイトでは得られない、筆者独自開発の写真補正ツールや補正技法についても情報提供しています。写真補正技法への質問はコメント欄へどうぞ

写真

大糸線で八面六臂の活躍をしたクモハ40077 (蔵出し画像)

こちらは大糸線末期に、クモユニ81を除くと唯一の両運転台車だったクモハ40077です。この車は大糸線ロングシート車中、唯一運転台側に幌枠がつけられていた車両です。両運転台の上幌付きということで、かなり重宝されて、八面六臂の大活躍をしました。車両の…

飯田線 クモハ54006 とクモハ54偶数車の謎 (蔵出し画像)

本車は飯田線で活躍したオリジナルのクモハ54です。飯田線では当初豊橋機関区に所属していましたが、1978年の80系投入以降も伊那松島機関区に移って1983年の旧形国電終焉まで活躍した車両です。 クモハ54006 (静トヨ) 1977.12 豊橋駅 ご覧のように客用扉脇の…

長野電鉄からやってきた、上田交通モハ5261 (蔵出し画像)

さて、今回は旧形国電ではありません。750V時代の上田交通のモハ5261です。上田交通は1986年10月1日付で1500Vに昇圧され、それまで名物だった丸窓電車などが、東急からやってきたアオガエルなどと交代し引退してしまいました。その直前の9月に撮影しました。…

後に運転台窓が改修された 飯田線 クモハ54111

こちらも飯田線の「普通の」クモハ54で、やはり大阪向けモハ60を改造してクモハ54に編入されたグループです。 クモハ54111 (静トヨ) 1978.4 豊橋駅 この車両は1970年に大阪からやってきて、伊那松島区に配属されました。1978年の80系の投入でも移動すること…

唯一リベット締めだった 飯田線名物合造車 クハユニ56001 (蔵出し画像)

本車両はもともと1936年の常磐線松戸電化用として製造されたクハニ67001です。この年本車と67002が常磐線用の荷物合造車として製造されました。このあと、横浜、総武、赤羽線用としてクハニ67は増備されますが、登場時期が早かった本車と67002のみが、リベッ…

モハ60をセミクロス化した 飯田線 クモハ54106 (蔵出し画像)

こちらは飯田線のクモハ54106です。豊橋区に80系導入後、伊那松島区で地道に乗客輸送の主力を担った多数派クモハ54の中の1両です。1978年の豊橋機関区の80系化では、100kwのMT-15搭載車の多くが廃車となり、出力強化されたMT-30搭載車が主力となりました。 …

身延線さよなら運転を務めたクモハユニ44801 (蔵出し画像)

いよいよ身延線旧形国電シリーズ最後の車輛となりました。やはり最後の車輛にふさわしいのは、1981.8.31身延線旧形国電最終日にさよならヘッドマークを掲げて走ったクモハユニ44801でしょう。身延線を代表する名物車輌の一両でした。 クモハユニ44801 (静ヌ…

大糸線の典型的なクモハ60 クモハ60113 (蔵出し画像)

本日ご紹介する車両は、大糸線に使われていたクモハ60113です。写真を探しましたがこの1枚しか撮れていませんでした。戦時中にモハ63が登場するまで作られたモハ60の典型です。ご覧のように末期まで美しいPS-11を維持していました。また前面の通風機もつぶさ…

検重車 ケ13 (蔵出し画像)

こちらは非常に珍しい貨車、検重車 ケ13です。形式はケ10形でした。Wikipediaによると、検重車とは車両の軸重を測る貨車であり、この形式は橋梁耐重検査用車と呼ばれるものだそうです。 ケ13 浜松駅常備 (浜松工場用) 1977.7 長野駅 Wikipediaによりますと、…

中部天竜支区にいた 関西出身の原形クモハ51 飯田線 クモハ51044

本車は中部天竜機関支区に揃っていたオリジナルのクモハ51の中でも、生粋の関西生まれのクモハ51044(静チウ)です。関東向けモハ51とは異なりモハ41に編入されることもありませんでした。運転台窓のHゴム化は右側のみで、比較的原型に近い姿です。 クモハ5104…

32系中唯一トップナンバーを守った 身延線 クハ47001 (蔵出し画像)

身延線戦前型旧型国電 (1975-81) の未紹介の車両も、本車を含め、後残すこと2両となりました。 こちらはクハ47のトップナンバークハ47001です。32系のトップナンバーは改造されたり、改番されたりで、元の番号のまま残った車両はほとんどないのですが、本車…

元関西向けモハ60をセミクロス化した 飯田線 クモハ54125 (蔵出し画像)

こちらは飯田線、旧形国電末期の旅客輸送を地道に担った、多数派のクモハ54の1両です。80系投入後、旧形国電末期の飯田線の輸送の主力だった1両です。飯田線に行くには泊りがけで行かなければなりませんので、なかなか訪問することができず、今見ても納得の…

室内はペイント塗潰しだった 身延線 クモハ51824

いよいよ身延線戦前型旧形国電中、未掲載の車輛も残り少なくなってきました。未紹介車輛は本車を含め残り3輌です。 本車は身延線用モハ51800代の内、元関東向けモハ51の最終番号車です(元モハ51024)。それとともに、室内がモスグリーンに塗られていた車両と…

身延線から大糸線にやってきた サハ45005 (蔵出し画像)

今回は大糸線の車輌を紹介しますが、身延線と御縁のあった車輌です。本車はもともと横須賀線用のサロ45として製造されましたが、横須賀線引退後身延線に移り、さらに大糸線に移った車両です。 サハ45005 (長キマ) 1977.7 北松本運転支所 写真をご覧になると…

横須賀線から飯田線経由で身延線に行った クハ47055 (蔵出し画像)

本車は、クハ47051 (改造当初は47011) 、47053 (同47012)と並んで、クロスシートだった数少ない改造クハ47の1輌です。改造クハ47の多くは連合軍専用車を経たため、多くはロングシートでした。 クハ47055 (静ヌマ) 1977.5 富士電車区 クハ47055 (静ヌマ) 1981…

クモハ51800代 第2次車トップバッター 身延線 クモハ51814 (蔵出し画像)

クモハ51804以降の800代では、本車からクモハ51の第2次車になります。つまり、当初から全室運転台車として製造された車です。そのため、第1次車とは異なり、運転台扉とその後位の窓の間隔が開いています。このグループも関東仕様の偶数車でした。 クモハ5181…

運行灯がHゴム化されていた 身延線のクモハ51812 (蔵出し画像)

こちらも元関東向けクモハ51第1次車を低屋根化した車輛で、元番号はクモハ51009でした。このグループは51系中、唯一半室運転台だったグループで、後に更新修繕の際に全室運転台に改められました。またこのグループは1960年代に運転台窓のみならず全車運行灯…

原形の前面通風器が残っていた 身延線 クモハ60808 (蔵出し画像)

こちらは身延線の普通のクモハ60です。正面の通風機は原型のままで、原型の雰囲気をよく残した車両でした。 クモハ60808 (静ヌマ) 1981.7 富士駅 戸袋窓を見ると、内側がモスグリーンに塗られているのが見えますので、おそらく客室内もモスグリーンのペイン…

デフロスターのなかった原形クハ47 身延線 クハ47007 (蔵出し画像)

本車は原型のクハ47の1輌で、クハ47005~7の3輌は外見が非常に似ていました。正面に設置された引出式の列車種別表示器 (もともとは1933年国電区間中央線急行運転由来)、側面腰板に設置された列車種別サボもいずれも備えていました。典型的な身延線原形クハ47…

正面貫通路脇手すりが特徴だった 身延線 クハ47106 (蔵出し画像)

本車は東海道・山陽線京阪神間用として1933年度にクハ58008として製造されました。その後、横須賀線を経由し身延線にやってきた車輌です。 クハ47106 (静ヌマ) 1976.4 富士電車区 正面貫通扉脇に、戦前の国電の後位貫通路開き戸脇にあったような大きな手摺が…

静岡ローカル運転用として豊橋区から富士区へ移った身延線のクハ47065 (蔵出し画像)

本車両は、元々連合軍専用車だったサハ48022を改造したクハ47です。連合軍専用車になったときに、既存の座席の間隔ではアメリカ人の体格では窮屈ということで、ロングシート化された車両の一両です。日本の独立回復直前に連合軍専用車指定は解除され、代用2…

身延線旧形国電最後の日まで走り続けた クモハユニ44802 (蔵出し画像)

改めて写真を整理してみると、本車に関しては随分写真を撮っていました。もちろん身延線のスター、クモハユニ44なので、一所懸命写真を撮っていたこともありますが、ご縁も多い車だったと思います。本車は44801とともに旧形国電最終運行日まで運行についてい…

元横須賀線用非電装モハユニ61だった 飯田線 クハユニ56012 (蔵出し画像)

本車は元々横須賀線用モハユニ61として製造されたものを飯田線に転用した車輌です。形態としては国鉄内部で大阪形とも呼ばれた51系に属しますが、51系の中では唯一大阪とは無縁だったグループです。 クハユニ56002 (静ママ) 1983.6 伊那松島機関区 クハユニ5…

元関東向けクハ55をセミクロス化した 身延線 クハ68103 (蔵出し画像)

本車は3両いた元半流クハ55をクロスシート化してクハ68に編入した車の1両です。形態的にはさほど変わったところはありませんが、本車が特異なのは、元々関東向けクハ55だったことです。クハ55をクハ68に改造した車の大半は元々関西向けクハ55でしたが、出身…

モハ51第1次車を低屋根改造した 身延線のクモハ51808

こちらは、身延線のクモハ51808です。元々はクモハ51007で、身延線入線時に低屋根化され808に改番されました。当初は関東向けモハ51で戦後関西に行った車両です。しかも第1次車なので、当初は半室運転台で登場しました。おそらく更新修繕の際に全室運転台に…

クモハ60の中ではご縁のあった、身延線 クモハ60810 (蔵出し画像)

本車は、クモハ60の中では結構御縁のあった車両です。何度も撮影できる機会がありました。 クモハ60810 (静ヌマ) 1981.7 富士電車区 2-4位側の客用扉は桟入りで揃っていました。なお通風器は防寒対策で通風孔が塞がれています。本車は御殿場線経由で身延線に…

数少ないクロスシートのサハ48改造車 身延線 クハ47053 (蔵出し画像)

身延線にはサハ48を改造したクハ47が多数いましたが、大半は連合軍専用車指定を受けてロングシート化されたサハ48から改造したもので、クロスシートのままの改造車は3両しかいませんでした。本車はその少数派の1両です。 クハ47053 (静ヌマ) 1977.9 富士電車…

主に中間車として使用され、お顔の拝顔が困難だった 身延線 クモハ51850 (蔵出し画像)

こちらはクモハ51852と同様、クモハ43から改造されたクモハ51です。横須賀線時代に混雑緩和の目的で43008を改造し51202になり、さらに低屋根改造され51850になりました。なお、以前書いたように身延線車両の中では唯一側面サボ受けがヘッダーの上についてい…

運転台後部の窓が潰されていたのが特徴的な 身延線のクモハ51810 (蔵出し画像)

こちらは、モハ51の第1次車、関東向けのモハ51008を低屋根化した車両です。1935年度に製造された第1次車 モハ51001~010の特徴は、半室運転台だったことですが、これは大阪に移った後更新修繕で全室運転台に改修されました。しかしこの車はその改修の際、1-3…

飯田線を経由してやってきた 身延線 サハ45012 (蔵出し画像)

本車は、身延線にいたもう1両のサハ45です。1975年3月までは5両のサハ45が揃っていましたが、アコモ改造車の配備で、3両は大糸線に転出しました。本車は横須賀線退役後、他のサハ45とは離れ一人飯田線に行きました。しかし1969年他の仲間と合流しました。 サ…