省型旧形国電の残影を求めて

戦前型旧形国電および鉄道と変褪色フィルム写真を中心とした写真補正編集の話題を扱います。他のサイトでは得られない、筆者独自開発の写真補正ツールや補正技法についても情報提供しています。写真補正技法への質問はコメント欄へどうぞ

大糸線

元東京向けモハ51 大糸線のクモハ51025 (蔵出し画像)

今回ご紹介する車輛は大糸線のクモハ51025です。1981年の旧形国電廃止まで活躍した車輛ですが、写真を撮っていたのはこの時だけでした。一応両サイド写真を撮っています。前に幌があるので、これ以外は出会っても中間に挟まっていたのかもしれません。 クモ…

大糸・中央西線で活躍した数少ない原形 クハ55049 (蔵出し画像)

ここのところ関西のオレンジ色の電車の紹介が続いたので、今回はスカイブルーの中央西線・大糸線から。 大糸線は17m車を淘汰した際、主として首都圏から捻出された40系が投入されました。その後クモハ41は後により出力の大きいクモハ60か、あるいはセミクロ…

大糸線のトイレ付サハ57改造車 クハ55432 (蔵出し画像)

大糸線には、17m車を20m車に置き換えるために、1960年代後半、関東から多数の40系が転入してきました。後にその際に電動車の主流だったクモハ41はより出力の高いクモハ60、もしくは同じ出力でも乗客サービス向上につながるセミクロスシートのクモハ51、さら…

改造後一時 55440 の番号を振られていた 大糸線のクハ55439 (蔵出し画像)

大糸線に クハ55 は数多く在籍していましたが、その多くはオリジナルのクハ55ではなくサハ57を改造したクハ55をさらに便所つきに改造したものでした。本車はその中の1輌、クハ55439 です。実はこの車輛、便所つきに改造された当初はクハ55440とされましたが…

1934年度製クハ55原形唯一の生き残りだった 大糸線 クハ55026 (蔵出し画像)

本車は、クハ55の第1次車 (001~023) に引き続き製造された、第2次車です。平妻ですが、半室運転台のサイズが大きくなったため、窓配置が第1次車とは異なり、運転台側乗務員室扉後ろの窓が2枚になっているのが特徴です。 なお、本グループは戦災やクハ68…

関西からやってきた幌付きセミクロス車 大糸線 クモハ51014 (蔵出し画像)

本日は10/14鉄道記念日です。というわけで、1014の数字が入っており、かつ鉄道開業150周年に掛けて 1,5,0 の数字が入っている車両という理由で、クモハ51014を本日はご紹介します。 この車両は大糸線のクモハ51です。1972年に関西から大糸線にやってきました…

大糸線で八面六臂の活躍をしたクモハ40077 (蔵出し画像)

こちらは大糸線末期に、クモユニ81を除くと唯一の両運転台車だったクモハ40077です。この車は大糸線ロングシート車中、唯一運転台側に幌枠がつけられていた車両です。両運転台の上幌付きということで、かなり重宝されて、八面六臂の大活躍をしました。車両の…

大糸線の典型的なクモハ60 クモハ60113 (蔵出し画像)

本日ご紹介する車両は、大糸線に使われていたクモハ60113です。写真を探しましたがこの1枚しか撮れていませんでした。戦時中にモハ63が登場するまで作られたモハ60の典型です。ご覧のように末期まで美しいPS-11を維持していました。また前面の通風機もつぶさ…

身延線から大糸線にやってきた サハ45005 (蔵出し画像)

今回は大糸線の車輌を紹介しますが、身延線と御縁のあった車輌です。本車はもともと横須賀線用のサロ45として製造されましたが、横須賀線引退後身延線に移り、さらに大糸線に移った車両です。 サハ45005 (長キマ) 1977.7 北松本運転支所 写真をご覧になると…

大糸線旧形国電車両運用図表 (1978-1981)

今回は大糸線旧形国電最末期、1978年頃~1981年までの車両運用図表です。ソースは、当時北松本運転支所で写真を写させていただいた (1979.8) 運用表を基に、書き起こしたものです。本図はコピーしてファイルビュアーに貼り付けて拡大してご覧ください。 大糸…

低屋根化されながら身延線に行かず仕舞いだったクモハ51804 (蔵出し画像)

今回紹介する車輌は、中央西線や大糸線で使われたクモハ51804です。身延線では使われませんでしたが、身延線とは、ちょっと掠る程度のかかわりはありました。元々はクモハ51004でしたが、身延線で使われることを前提として低屋根化され改番された車両です。…