省型旧形国電の残影を求めて

戦前型旧形国電および鉄道と変褪色フィルム写真を中心とした写真補正編集の話題を扱います。他のサイトでは得られない、筆者独自開発の写真補正ツールや補正技法についても情報提供しています。写真補正技法への質問はコメント欄へどうぞ

ミラーレス時代のレンズは、60年前のフィルムカメラ時代のレンズよりも歪みが大きい

 Pixls.us のオンラインディスカッションに Nikon Z レンズに関するスレッドが立っています。

 

discuss.pixls.us

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 もともとのスレッドは最近の Nikon Z シリーズのレンズに関して、Fuji や Sony のようにレンズの補正データが metadata に書かれるようになったものの、秘密保持契約を結ばないと、NikonSDK (ソフトウェア開発キット) を利用できないため、metadata に書かれているデータの意味が分からないということから始まっていて、この metadata の解読のため他のユーザに Nikon Z レンズのデータの提供を呼び掛けていました。

 フリーオープンソースソフト (FOSS)では、たとえカメラメーカーから SDK が無料で提供されたとしても、カメラメーカーと秘密保持契約を結べませんので (ソースコードが公開されているため)、そこが一つの泣き所です。

 それはともかく、興味深いのはこのスレッドの中で、最近のレンズはレンズの解像度を上げるために、レンズの光学的歪みを積極的に容認するようになったということが指摘されています。つまり最新の Z シリーズのレンズの方が、 D シリーズレンズ はもちろん、60年前の Nikon のレンズよりも光学的歪み (幾何学的歪、色収差等) がひどくなっていると指摘されています。

 これはレンズの設計の際、光学的には歪と解像度がトレードオフの関係になっているということと、その一方で、画像の歪、たとえば放射状の歪や色収差などはソフトウェア的に補正が容易であるため、レンズ設計の段階で意図的に歪を大きくとって解像度を上げる一方で、光学的歪についてはソフトウェア的に補正することを前提とする戦略をとっている、ということが指摘されています。

 実際、このスレッドの中で、歪を補正していない Nikon Z シリーズレンズでの Glenn Butcher 氏による撮影結果が掲載されていますが、かなり歪がひどいです。ただカメラ内現像された Jpeg イメージではしっかり補正されています。もちろん、カメラ内現像や、純正ソフトを使用せず、lensfun の補正データを適用しても同様に補正可能です (ただし、Butcher 氏は Lensfun の補正データ計算式とメーカーの計算式は異なるようだと指摘しています)。

 近年、カメラ業界では、レンズ交換式カメラにおいて、レフ式からミラーレスカメラへの移行が進みつつありますが、ミラーレスカメラだと基本的にオリジナルの光学画像を見る人は誰もいません。ファインダーも電子式なので、ファインダーにデータを送る前に補正をすれば、レンズの歪はわかりません。また、純正現像ソフトや proprietary / プロプライアタリで、カメラメーカーと秘密保持契約を締結して補正データを利用しているソフトでも、 Raw ファイルのメタデータに書き込まれた補正データを自動的に適用するようにしておけば、これまた誰も気づきません。気づくとすれば lensfun データを利用しているような、FOSS を中心とするサードパーティのRaw 現像ソフトでレンズ補正をオフにした時だけです。

 しかしレフ式カメラだと、レンズの光学画像がファインダーにそのまま送られますので、最終的にソフトウェア的に補正が可能だとしても、レンズの歪がひどいとファインダーで気づかれてしまいます。

 以前当ブログでも紹介しましたが、DPReview の記事の中で、最近カメラメーカーが、レンズの方向性について、光学的に補正を尽くす方向から、ソフトウェア的な補正を積極的に採用する方向にかじを切ってきたと指摘されていました。それもこのようなミラーレス化の流れがあって、そのような方向転換が可能になったと言えるでしょう。補正データを 出力画像ファイルのメタデータとして書き込むようになってきているのも、以上のような背景があるためと思われます。

 先に触れた Butcher 氏は、最初 Nikon Z シリーズのレンズの解像度の高さに打ちのめされたと述べています。しかしその後、その出力画像は実はソフトウェア的に補正されたものだと聞き、不愉快に思ったものの、現在は解像度の高さと歪の関係はトレードオフであることを理解し、現在の Nikon Z シリーズの方向性は正しいものと考えていると述べています。

 ただ、補正データをメタデータとして出力ファイルに書き込むのはよいのですが、そのデータを秘密保持契約を結ばない限りそのフォーマットを公開しないというのでは、FOSS (フリー・オープンソース・ソフトウェア) ではその利用ができません。また補正データをメタデータに書き込むタイプのレンズに関しては、Adobe もレンズプロファイルを作成していません。

 もちろんボランティアによる補正データを公開しているレンズファンがあるので、直ちに困るわけではないのですが、それでもメーカーが公開しているデータが利用できるに越したことはありません。Butcher氏はまた Nikon のメーカーとしての姿勢は exif データに補正データを暗号化して書き込んでいないだけましな方であると指摘しています。とはいえ、できれはこのようなデータは秘密保持契約なしに無料で公開してもらえるとありがたいです。そのほうが、カメラの売り上げの上昇にもつながるかもしれません。

 ちなみに商用ソフトでもボランティアで維持されているレンズファンデータに依拠しているものがあります。Affinity Photo はそうですし、国産の Raw現像ソフト Sylkypix もレンズファンに依拠しています*1。その意味でも、レンズ補正データの意味程度は公開した方がカメラやレンズメーカにとっても良いように思いますが...

 ちなみに、Fuji の補正データはどなたかが解明して、darktable 4.2.x から使えるようになっています。

 またレンズの性能データとして使われる MTF 曲線もどの時点で測っているのか (オリジナルの光学性能なのか、ソフトウェア的補正後に測っているのか)、も気になりますが、これはニコンのサイトに書いてありました。

www.nikon-image.com 結局補正を掛けた値で測っているようです。

 ただこのようにソフトウェア的補正が前提になってくると、レンズ商売の前提が結構崩れてくると思います。かつては色収差などを補正するために特殊ガラスなどを使用して値段も高く出していましたが、ソフトウェア的補正で済むとなれば、高額なガラス素材を使う必然性もなくなります。

 また現在はボケ味がどうタラと言って F 値の低いレンズが珍重されますが、ボケなどもソフトウェア的にいくらでも作れるのではないでしょうか。さらに光学ファインダーでは F 値の低いレンズを使うとファインダーが見易いというメリットがありますが、ミラーレスでは電子的に増幅すれば済みますので、その優位点もありません。そうなってくると大三元などにこだわる意味は皆無ではないでしょうか。むしろ F 値が低いほうが軽いレンズとなりメリットも大きいです。

 最も軽薄短小レンズにたいして、消費者にしてみれば高い値段を払う納得感は得られにくいので、レンズを高く買わせるために重厚長大レンズを作るのでしょうが、ミラーレス時代はもはや重厚長大レンズにこだわる意味はないのではないでしょうか。

 

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[参考情報]

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*1:Sylkypix の以下の公式ページをご覧ください。

silkypix.isl.co.jp