省型旧形国電の残影を求めて

戦前型旧形国電および鉄道と変褪色フィルム写真を中心とした写真補正編集の話題を扱います。他のサイトでは得られない、筆者独自開発の写真補正ツールや補正技法についても情報提供しています。写真補正技法への質問はコメント欄へどうぞ

新・黄変ネガカラー写真補正過程 (Bチャンネル再建法+汎用色チャンネルマスク作成ツール使用) 例示(1)

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 先日汎用色チャンネルマスク作成ツールの公開、およびバージョンアップも行いましたが、ここでBチャンネル再建法とこのマスク作成ツールを組み合わせた、黄変ネガカラーフィルム写真の標準的な補正過程を、一度しっかりまとめてみたいと思います。なお今回の事例では最終調整にフリーのRaw現像ソフト、darktableも使っています。

 サンプルとして取り上げるのは、すでにBチャンネル再建法の説明ページでサンプルとして例示したもので、以下の写真です。黄変写真としては比較的素直なので、標準的な補正過程をお示しするには好適と考え、再度取り上げます。

 この例示に当たってBチャンネル再建法適用までは、パラメータの設定等基本的には以前示したものと変わりませんが、その後の追加調整補正に汎用色チャンネル補正マスク作成ツールを使って、補正をやり直し、さらにフリーのRaw現像ソフトを使って最終調整しています。

 現在はこの方法を標準的な不均等黄変ネガカラー写真の補正手順として推奨します。

目次

 1. サンプル素材の紹介
 2. Bチャンネル再建法の適用
 3. 汎用色チャンネル補正マスク作成ツールを使った補足補正
 4. Raw現像ソフトを使った最終調整

■サンプル素材の紹介

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オリジナル

 この写真はフィルムスキャナ コニカ-ミノルタ Dimage Scan 5400II で取り込んだものですが、スキャナ用純粋ドライバの自動補正が空の黄変部分を補正しようと全体にブルー方向に補正を掛けたらしく、ブルー方向にカラーバランスが崩れ気味です。黄色味の程度自体はこれでもかなり改善されていると思われますが、黄変の影響がない、あるいは少ない部分はその反作用で全体にややブルー傾向です。これはDimage 5400II純正ドライバのクセです。ただ、あまり強い補正がかかっているわけではありません。おそらく Vuescanだったらもっとましな取り込みができたと思いますが...

 

 一旦、R,G,B分解を掛けてみます。

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Rチャンネル

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Gチャンネル

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Bチャンネル

  Bチャンネルの画像自体は意外としっかりしていて、黄変褪色の損傷程度は軽~中程度と判定できます。

 ■Bチャンネル再建法の適用

 そこでまずBチャンネル再建法用の補正素材ファイル作成ツールを以下のパラメータで走らせます。暗部補正の閾値は当初50で走らせましたが、このファイルの場合それでは濃すぎたので、20にして走らせ直します。それ以外はデフォルト値です。

 

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Bチャンネル再建法ファイル作成ツール
パラメータ指定画面

〇Bチャンネル再建法 ImageJを使った素材ファイル作成方法のチュートリアルビデオ

youtu.be

〇Bチャンネル再建法 GIMPを使った編集方法のチュートリアルビデオ

youtu.be

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前景補正レイヤー

 なおこのツールでは前景補正レイヤーにはRチャンネルに基づくマスクがデフォルトでかかるようになっています。この理由はBチャンネルとGチャンネルの間の多様性を増やすためですが、場合によるとこのマスクを反転させたり、あるいはマスクを使わない方が良い場合もあると思います。これはケースバイケースで決めてください。

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前景補正レイヤー+オリジナルBチャンネル

 

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バックグラウンド補正マスク

 バックグラウンド補正マスクは、近景はすべてマスクするように編集を掛けます。

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暗部補正レイヤー

 オリジナルBチャンネル+近景+遠景+暗部補正レイヤーを合わせて以下の補正Bチャンネル画像を作成します。なお、このケースでは周辺部のBチャンネル情報抜けはほぼ考えなくてよいので、周辺部補正レイヤーは使いません。

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再建Bチャンネル

 この画像にR, G画像を合わせてRGB合成すると下記のようになります。

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Bチャンネル再建法のみ適用

 ここでBチャンネル再建法の出番は終了です。黄変はほぼ消えましたが、スキャナ自動補正の反作用による全体の青みは当然ながらBチャンネル再建法では修正されません。とはいえ、そこまで反作用は激しくなくそこそこ見られる画像です。この後補足補正に入ります。

■汎用色チャンネル補正マスク作成ツールを使った補足補正

youtu.be

 まず、Bチャンネル再建法で補正したファイルのRGB値を計測します。このファイルを見ると、草などの緑の部分のRGB値が、BとGが非常に近い値を取っています。これが新緑であればG, Rが高く、Bが低いところなので、差がほとんどない点が問題です。この写真は6月に撮っているので、その場合はGとBの差が新緑ほど大きくないとは思いますが、それでも差が少ないのは問題です。典型的なBチャンネル再建法の副作用が出ているケースです。

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Bチャンネル再建法適用後のRGB値

 因みに、通常であればどのようなRGB値になるかを把握していることは補正方針を決めるにあたって重要です。例えば、肌色はRが高く、Gがそれより低く、Bがさらに低いのが通常です。新緑と並んで肌色も、BとGチャンネルに値が近づくBチャンネル再建法で影響が出やすいところです。

 ここから汎用色チャンネルマスク作成ツールの出番です。この補正を掛けたファイルを基に、色の冴えない近景の緑部分を補正するマスクを作成します。遠景の山が入らないようにグレースケールで明度範囲を0-112に設定しました。マスク自体はGを透過するマスクです。

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汎用色チャンネルマスク作成ツールのチャンネル選択画面
ここではマスク作成対象チャンネルに Magenta/Greenを指定し
輝度ゾーン範囲指定対象チャンネルに Greenを指定

 

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パラメータ指定画面

 

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輝度範囲 0 -112 / G閾値+40で作成されたマスク

  Gの閾値は+40 でG透過マスクを作成しました。なお、Gチャンネルを使った色透過マスク (グリーン or マゼンタ透過マスク) を作成するときは、他のチャンネルを使ったマスクより閾値を+20程度多めにした方が良いです。なぜならGチャンネルは他の2チャンネルと相関が高い一方、BとRチャンネルの相関は低い傾向にあります。そして汎用色チャンネルマスク作成ツールでは、チャンネルとの明度差に基づいてマスクを作成しますので、他チャンネルとの相関が高いGチャンネルを使ったマスクは透過度が低めになる傾向にあるのです。従ってGチャンネルを使う色マスクの閾値は30~40程度が適当です。

 ちなみに、いくつかの風景写真を調べてみましたが、G-R間の相関が最も高く、次がG-B間、そしてB-R間の相関が最も低い傾向にありました。ただし画像によっては、G-B間が最も高く、次がG-R間になるケースもありました。その場合でもB-R間が最も相関が低いことは変わりません。この原因は、植物の緑は、人間の直観とは異なり、G-R間の相関が意外と高く、G-B間の相関は低い傾向にあります。そのため、植物の緑が多い風景写真はG-R間の相関が最も高くなる傾向がある一方、植物の緑が少ない都市の風景などは、G-B間の相関が最も高くなる可能性があります。なお当然ながらこの傾向は風景写真に限られ、例えば人工的な原色のオブジェを間近に撮影した写真などはこの傾向から逸脱する可能性があります。

 そして、もともと、G-B間の相関が最も高い画像は、Bチャンネル再建法適用後、コントラストや明るさ、露出調整だけでOKになる可能性がありますが(例えば、Bチャンネル再建法紹介記事の1番目のサンプル写真)、G-R間の相関が最も高く、G-B間の相関が比較的低い画像は、基本的に汎用色チャンネルマスク作成ツールによる追加補正は、必至だと考えてよいでしょう。 

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GIMP上でグローバルにBチャンネルに対し、
S字状のトーンカーブで補正中

 まず、植物の緑におけるG値とB値の値を引き離す意味と、スキャナ自動補正の副作用で全体にややブルーがかっているのを補正する意味で、グローバルにBチャンネルの値を調整して補正します。読み込んだBチャンネル再建法適用後のレイヤーを直接補正するのではなく、一旦、そのレイヤーをコピーし、コピーしたレイヤーに対しグローバルに補正を掛けるとよいでしょう。ただし、空の部分のB値はもう少し高くてもよいので、Bチャンネルに対しトーンカーブ補正ツールで緩いS字状にトーンカーブを掛けます(上図)。つまり中間値(知覚的ガンマ補正が行われている場合で、B値が128 / 50%前後)より上はややB値を上昇させ、中間値より下はややB値を下げます。これにより全般的な青被りがかなり改善されます。なお、全体に青被りがなかったとしても、この緩いS字状のBチャンネルに対するグローバル補正は、植物の緑の多い風景写真では普遍的に適用されるべき重要なキーポイントです。

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Bチャンネルを一旦グローバルに補正した結果

 これでも、まだ緑部分が結構青っぽいですが、ここで無理にグローバルに黄色っぽくするのではなく、あとは汎用色チャンネル補正マスク作成ツールで作ったマスクによるローカル補正に任せます。

 そこで、グローバルにBチャンネルを補正したレイヤーの上に、一旦Bチャンネル再建法適用後のBチャンネル補正前の画像をレイヤーとしてコピーし、それに先ほど汎用色チャンネルマスク作成ツールを使って作成した、グリーン補正マスク画像をつけて、グリーン補正レイヤーを作ります。なお、こちらにある画像ファイルをマスクとして読み込む拙作のGIMPプラグインスクリプトを導入していると、以下のように簡単にマスクを掛けることができます。以下このプラグインを使ってマスクを掛ける過程を画像で提示します。

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マスクを掛けるレイヤーを選択した状態で
マスクとして画像ファイルを読み込むプラグインを起動する

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マスクとして読み込む画像ファイルを選択する
選択したら[保存]ボタンを押す

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ファイル読込中

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マスクがかかった状態

 このG補正レイヤーに対しトーンカーブ・モジュールで、B値を引き下げ、またG値、R値は引き上げます。今回はマスク画像は編集せずにツールで作成したままマスクとして貼り付けますが、場合によってはマスク画像を編集した方が良いでしょう。

 先日お見せしたような、人工的な黄変画像の場合は、B値だけが異常であり、R, G値は正常であることが保証されていますので、B値のみをいじればよいですが、今回の場合はスキャナの自動補正の反作用がありますので、G値やR値も補正を掛けます。ただこの場合は反作用の程度はさほど大きくないので、G値やR値の補正量は控えめでよいと思います。逆に言えばスキャナの自動補正による反作用がなければ、ローカルなB値の引き下げだけで済むかもしれない、ということです。場合によっては下図より大胆にB値を引き下げてもよいと思います。

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GIMP上で緑部分に対し、R, G, Bトーンチャンネル、トーンカーブ補正中

 以上のように補正したグローバル補正レイヤーとG補正レイヤーを合成して、第2次補正ファイルを作成します。

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レイヤー編集模式図

 この結果が下図です。上から順に、G部分補正レイヤー、そしてBチャンネルにS字補正を掛けたグローバル補正レイヤーの2枚のレイヤーを合成した画像です。かなりナチュラルな画像になりました。写真は6月の曇天下で撮ったものですが、色彩バランスは、やや彩度不足気味なのと、空が若干ピンクに偏っていますが、まずまず妥当ではないかと思います。

 なお、画像によってはもっとたくさんの補正レイヤーを作成する必要があると思います。そのような場合のケースについては後続記事にて別事例として紹介しますのでご参照ください。ここでは、追加補正の基本をお示しするために、もっとも単純な、グローバル補正レイヤー+G補正レイヤーの2枚の補正レイヤーのみを使う事例を扱っています。

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GIMP補正完了状態

 

■Raw現像ソフトを使った最終調整
 この後、フリーのRaw現像ソフトを使って、さらに全般的なホワイトバランスやコントラストを補正していきます。今回は比較的素直な画像ですので darktable を使ってみます。最後にRaw現像ソフトを通すのは、最終調整がやりやすいということ、および諧調補完・増強効果が大きい (私がこの効果を確認しているのは RawTherapee と darktable のみで、他の市販のRaw現像ソフトでどうかは未確認ですが) という2点が理由です。RawTherapee と darktable の両者のうち、使いやすいほうを使っていただければと思います。なお、個人的な感想として、さらにRaw現像ソフトで色の調整の追い込みが必要な場合はRawTherapee、ほぼこれ以上色の調整が不要な場合はdarktableが良い結果を得られやすいように思います。f:id:yasuo_ssi:20210515202444p:plain

darktableで補正中

 コントラストがはっきりしてかなりしっかりした画像になりました。

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完成画像

 6月の曇天下の画像としては、ナチュラルで妥当な画像になったと思います。比較のため再度オリジナルを掲示します。黄変もきれいに消えているのが分かります。かなりいい感じに補正できました。

 因みに、比較対象として、汎用色チャンネルマスク作成ツール開発以前に、RawTherapeeのフィルムシミュレーションを使って誤魔化していた補正結果と、補正前のオリジナル(再掲)を下にお見せします。今回の補正結果の方が緑部分の発色が改善されているのが分かると思います。

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Bチャンネル再建法にRawTherapeeのフィルムシミュレーションを適用し補正
(以前例示していたもの)

 

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オリジナル (再掲)

 本例は、追加補正は必要ではあるものの、比較的追加補正の難易度が低く順調に行くケースといえると思います。30分~1時間程度で十分補正可能な事例です。

 なおGIMPでは、Photoshopとは異なり、描画レイヤーしかないので、レイヤーの順番は重要です。基本はより広い範囲をカバーするレイヤーを下に、より狭いレイヤーを上に乗せます。また補正レイヤーの効果を強めたり弱めたりする方法として、補正レイヤーを二重にかける、あるいはレイヤーの透明度を下げるという方法があるかと思います。ただし補正レイヤーを二重にかけても、どの部分でも効果が上がるとは限りません。補正レイヤーの不透明度が100%の部分 (=マスクの透過度が100%の部分) は2重にかけても意味がなく、半透明な部分のみ効果が出るので注意が必要です。

 

 なお、拙作の汎用色チャンネルマスク作成ツールを使った追加補正に関連して言うと、原理的には、darktableのカラーゾーン調整モジュールで、色相+明度マスクを使い、さらにマスク編集ツールで画面上の適用領域を限定して、色相の変更調整を加えれば、もちろん全く同じではありませんが、似たようなことができるはずです(おそらくLightroomでも似たようなことは可能?)。ただ、darktable等上でマスク編集ツールを使うより、GIMP (あるいはPhotoshop) 上で、マスクイメージを直接編集してしまう方が、より細かいマスクの編集がやりやすいように思います。

 さらに、汎用色チャンネルマスク作成ツールを使ったマスクをつけた補正では、基本的にRGBトーンカーブとレベル補正を使用しています。最近のRaw現像ソフトやフォトレタッチソフトでは色相をいじる調整モジュールが主流になっているようですが*1、個人的には色相を調整するツールは直感的に分かりやすい一方で、補正方針で迷うことが多いように思います。 例えば上のオリジナルファイルを見たら、初心者はやみくもに色相補正ツールを動かした挙句、何をどうやったら良いのか分からなくなってしまうことも多いのではないかと思います。トーンカーブやレベル補正などRGB値を直接いじる補正モジュールのほうが値を上げるか下げるかだけなので迷いにくいのではないでしょうか。その意味では個人的にはこちらの方法の方がやりやすいと思っています。

 また、RGB値を調整する補正方針をしっかり立てる意味でも、ノーマルならこの色でこの程度のRGB値を取るはずだという認識を持っておくのは重要だと思います。

 

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*1:その理由は、おそらく直接R, G, B値を動かすと色相が動くだけでなく、意図せずして彩度や明度も動いてしまいがちなため、これらを分離して補正させようということで、そうなっているのではないかと思います。