省型旧形国電の残影を求めて

戦前型旧形国電および鉄道と変褪色フィルム写真を中心とした写真補正編集の話題を扱います。他のサイトでは得られない、筆者独自開発の写真補正ツールや補正技法についても情報提供しています。写真補正技法への質問はコメント欄へどうぞ

翻訳に困る写真用語: Saturation と Chroma

 

本記事の要約

・英語でも複数の定義があり、それぞれの定義に基づいて、ネットに様々な解説が散乱しているので、分かりにくい。

・Saturationは、明るさを考慮しない色の鮮やかさ、それに対して Chroma は、科学・技術的には、物体自体の色の鮮やかさの意味と、明るさを考慮した色の鮮やかさの、少なくとも二つの定義がある。

[訂正 2021.11.25]

 この記事で Chroma を Chrominance の略語としていましたが、Chrominance はビデオなどの色信号の意味で (例えば、色ノイズは Chrominance noise: 色信号ノイズ) Chroma の略語ではないようです。訂正します。但し、Wikipedia英語版の Chrominance の解説では、Chroma が Chrominance の略語であるとの解説が出ています。

 

Saturation と Chroma

 両方とも一般的には彩度と訳されますが、違いが非常にわかりにくいです。因みにRawTherapeeの日本語訳では前者を彩度、後者を色度と訳されていたようですが、それで分かりやすくなったかというと疑問です。

 因みに、Saturationの定義は明確で、100 x (max - min of RGB/ max of rgb) つまり、RGB間の値の最大差を、RGB中の最大値で割ったものです。そして当然ながらこの値は、0~1.0の範囲を取ることになります。つまりSaturation ∈ [0, 1] となります。RGB間の最大差を Saturation と考えるのは、以下の考え方によるものです。

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Saturation の考え方

 この考え方は、光の無彩色はRGB値が同じですので、RGB中の最低値までの共通部分は、光の明るさの成分だと考え、その部分をRGBの最大値から引いた部分が、色の鮮やかさを決定すると、前提しているということになります。

 そして、この値はあくまで、R, G, Bの値の比で決まりますので、色の明るさとは関係ないということです。例えば、相対的に明るい Rが100, GとBが50の色と、暗い Rが50でGとBが25の色があったとしても、Saturation の値は同じです。色の明るさとは関係なく色相自体の持つ色の鮮やかさを示す指標が Saturation ということだと思います。

 Chroma については、ネットを調べてみると、Saturationが光の色なら、Chromaは物体の色だとか、Saturetionの値をLightnessで割った値だとか、はたまた Saturation = Chroma という解説まで色々出てきますが、明快な根拠のありそうな定義がなかなか探せません。

 どうやらある程度信頼できそうな記事が以下です。

munsell.com

 

 こちらの記事はマンセル表色系の基準となる色彩表などの製品を開発しているマンセル・カラーという会社が提供している記事です。この記事によると、Saturationとchromaの違いについては、 Commission Internationale de l’Eclairage (CIE)が規定した定義が広く受け入れられているとし、この違いは、

"The distinction rests on an important difference between the colours of light reaching our eyes from the various parts of an object and the colour we see as belonging to the object itself. "

 つまり、物体から反射してわれわれの目に届く光と、物体自身がもっているとみなされる色の区別にかかわる、のだそうです。

 その後に、CIEの定義が引用され、

  • Colourfulness is the “attribute of a visual perception according to which the perceived colour of an area appears to be more or less chromatic” (17-233).
  • Saturation is the “colourfulness of an area judged in proportion to its brightness” (17-1136).
  • Chroma is the “colourfulness of an area judged as a proportion of the brightness of a similarly illuminated area that appears white or highly transmitting” (17-139).

 とありますが、Colourfulness、Saturation、Chromaの違いが分からない以上 、何のこっちゃ?です。chromatic って?分からない言葉を分からない言葉で説明しているので、あたかもトートロジーのようですが、とりあえず、Colourfulness、Saturation、Chroma の部分を除いて翻訳してみます。

・Colourfulnessとは「視覚認識の属性であり、ある領域の知覚された色が、よりChromaticであるかないかということである」

・Saturationとは「ある領域のColourfulnessであり、そのbrightnessの比として判断される」

※brightnessとLightnessの違いは何でしょうか?単に「輝き」、「輝度」などと訳していいものかどうか...

・Chromaとは「ある領域のColourfulnessであり、白、もしくは高い透過度に見える均一に照らされた領域のbrightnessの比として判断される」

 ううーん、さらに煙に包まれたようです。大体、a similarly illuminated area that appears white or highly transmittingって何のことでしょうか。a similarly illuminated area that is illuminated with white or highly transmitting light という意味なのでしょうか?さらに読み進めていきます。

 

"As an object is more strongly lit, its brightness and colourfulness increase, but its lightness (=value) and chroma"

「物体がより強く光を当てられれば、そのbrightness と colourfulness は増大するが、lightness (=value) と chromaはそうならない」

... ということは、どうやらChroma (およびLightness) は物自体の色にかかわるようです。

"Lightness is our perception of an object’s efficiency as a reflector/ transmitter of light, and chroma is our perception of an object’s efficiency as a spectrally selective reflector/ transmitter; for an object to have high chroma it must reflect/ transmit saturated light in relatively large amounts"

「Lightness は、物体の光の反射/透過体としての(反射・透過)効率に対する我々の知覚認識である。そしてChromaは、特定のスペクトラムに応じた反射/透過体としての物体の(反射・透過)効率に対する我々の知覚認識である。例えば、高いChromaを持つ物体は、比較的大量のSatureted 光を反射、透過するはずである」

 というわけで、CIE的には、Chromaは物体が持つ固有の色の彩度 (特定のスペクトラム光に対する反射効率)、ということで決まりのようです。そしてそれに光が当たって反射し、我々の目に見える彩度が Saturation ということになりそうです。以前、横須賀線カラーの色の見え方を論じたことがありましたが、いわば本来の塗料の色がどうだったのかを云々するのは、Chromaの次元であり、それがどのような条件下でどう見えるかを云々していたのは、Saturation および colourfulness (= satureteされた光の反射量の問題)の次元だったということです。ということは、色相についても、その二つの次元の区分がありうるはずです。ただいずれにせよ、センサーに写ったRGB値の問題は、Saturation, colourfulness の次元にすべて帰着します。

 と考えると、Saturationを仮に「彩度」と訳すなら、Chrominance (Chroma) は「物の彩度」と訳し分けるのが妥当かもしれません。Colorfulnessは、色の豊かさ、色の鮮やかさ、あたりでしょうか。要は特定の Saturetion を持った光の反射量(=反射光の明るさ)を含めた色の鮮やかさということかと思います。

 ところで、この記事ですが、さらに続きがあります。この記事のFig. 1 (saturationに対する説明) は明快ですが、Fig.2, 3は分かりにくいです。ただ、以上のことを踏まえると、こういうことになるかと思います。

 

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Fig. 2 参照先記事より引用

 この図の右上は、物体の持つ固有の色です。そして、下の二つの図は、その物体に明るさ(Brightness)を変えて光を照射すると、もともと W3, P3, R3という物体の固有色のChroma が、W1~W3, P1~P3, R1~R3の異なった色で目に見える、という話になります。ただしこのばらついて見える色の1~3の中ではChroma が異なるわけではありません。というのは Chroma は元の物体が持つ色にかかわる概念だからです。そして、Wシリーズ、Pシリーズ、Rシリーズの間では Chroma が最も高いのは Rシリーズであり、最も低いのは、Wシリーズとなります。因みに、Wシリーズ、Pシリーズ、Rシリーズの中では Saturation の値は同一です。なぜなら 明るさは異なっても R,G,B間の比は同じだからです。しかし 明るさを含めた反射色の概念である colourfulness は光の反射量に応じて変わります。

 そしてこの記事のFig. 3ですが...

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Fig. 3 参照先記事より引用

 もともとの物体の色自体が、そもそもW1~W3, P1~P3, R1~R3とばらついているとした時に、最大量の光をその物体に照射した時のみ、W1~W3, P1~P3, R1~R3通りの色で目に見える、というお話しだったということです (光の量が少ない場合は、W1~W3, P1~P3, R1~R3をさらに暗くした色に見える)。この場合はこのばらついて見える色は、Fig. 2とは異なり、それぞれChroma が異なります。というのは Chroma は元の物体が持つ色にかかわる概念であり、元々物体の色が異なるなら、その鮮やかさも異なるからです。そして、3シリーズが最も Lightness が高く、1が最も Lightness が低いグループとなります。但し、同じ3シリーズの中でもそれぞれの色相は違いますので、Chroma の値の高さは、実際には、R3 > R2 > P3 > R1 > P2 > P1 > W3 = W2 = W1 という関係になります。Wシリーズは ニュートラル色なので、いくら Lightness が上がったとしても、色の鮮やかさは上がらず、Chroma は 0 のままです (Fig. 3の右上)。また colourfulness は Chroma に応じて変わります(W1~R3まで光の照射量は同一なので)。

 結局 Fig. 2と3から言えることは、見えている色が、R1~R3 とばらついて見えていたとしても、Chromaが異なる場合もあれば (Fig. 3)、同一の場合もある (Fig. 2)、ということです。なお、Saturation は、色相自体が同じなら、明るさがばらついて見えてもすべて同一です。そして実際にばらついて目に見える次元が、Colourfulness なのでしょう。

 と、考えると明快ですが(やっぱり複雑?)、Colourfulness、Saturation、Chroma がそもそもどのような概念なのかよく分かっていないと、何を言っているのやら判じ物になってしまいます。

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 ただ、この考え方が、画像処理ソフトでも適用されて、SaturationとChromaという用語の使い分けがされているのかどうかも良く分かりません。そもそも、ジタルカメラのセンサーに記録された色に関しては、すべて物体から反射した光によるものですので、画像処理ソフトの世界で扱うのはすべてSaturation (または colourfulness)であって、以上の定義に従うならば、物体そのものの固有な色の次元である Chromaを扱うことはないはずです

 そこでさらに探してみると、別の定義が出てきました。それがWikipedia英語版の、"HSL and HSV"という記事です。

en.wikipedia.org 結局この記事の、今の論点に対する要点としては、Saturation = Chroma / Lightness ということになります。この式を変形すると、Chroma = Saturation x Lightness という計算になります。さらに具体的な計算方法になると、Lightness を V値で考えるのか、L値で考えるのかで異なってきます。因みにV値とは、明るさ(Lightness)を、R, G, Bのうち最も明るい値と定義するもので、L値は、R, G, Bのうち、最大のものと最少のものの中間を明るさと考える値です。

V値を使う場合は、Chromaを表すCは、

C = Saturation x V

となりますが、L値を使う場合は、Lightness としてそのまま L値を掛けるのではなく

C = Saturation x (1-|2L - 1|)

となります。

 ただし、すべての値は、0~1.0の値をとること (∈[0, 1]) を前提としています。

 このように定義した場合、Saturationは色の明るさに関係なく色の鮮やかさを示す指標であるのに対し、Chromaは、Saturationに色の明るさの要素を加味した色の鮮やかさを示す指標ということになります (実は上のCIEの定義であっても、Fig. 3を見ると、 Chroma には、Lightnessの要素が考慮されている。但しCIEの場合、Lightnessも含めて、あくまでも物体の固有の色に関する概念ということになり、反射光を通して見た明るさは、Brightnessになる。そして反射光で目に見える、明るさと色自体の双方を考慮した色の鮮やかさ概念が Colourfulness ということになる筈)人の目は実際には、明るい色ほど色が鮮やかだと感じる傾向にありますので、Chromaの方が、より見た目の鮮やかさを表現する指標になると思います。画像処理ソフトではこちらの意味で使われているものと思います。

 結局 CIEの定義でいう Colourfulness が、画像処理ソフトの世界の Chroma になり、CIE の Brightness が画像処理ソフトの Lightness になるわけです。ただし、Lightness や Chroma の具体的計算式には複数の考え方がある、ということです。Saturation は明るさに関係ないので、反射色だろうが物体色だろうが、画像ソフトであろうがすべてに共通で明快です。また、色相 (Hue) [R, G, B比] x Lightness が、個々の色 (Color) ということだと思います。

 となると、英語を併記して彩度(Saturation)、彩度(Chroma) 程度にしておいたほうが良さそうです。因みに Saturation には「飽和度」という訳もありますが、専門家にはともかく、一般の人にとっては、これでは訳が分かりません。もっと踏み込むなら Saturation には、「明るさに無関係な彩度」「色相自体の彩度」「色相固有の彩度」、Chromaに対しては「明るさを考慮した彩度」「見た目の彩度」「知覚的彩度」(あるいは単に「彩度」)ぐらいに訳し分けるべきでしょうか。私たちが普通感覚的に感じる色の鮮やかさは、色相自体だけでなく明るさ要素も含まれているので、仮に単に「彩度」とするなら、Chroma に対する訳語に充てる方が、適切かもしれません。

 このあたりカラーマネジメント用製品を出している X-Rite の説明書であっても訳の分からない説明しか書いていないので、混乱するな、というほうが無理です。また、画像処理ソフトの定義は、本来の色彩学的な定義とも異なると思いますので、これもまた困惑する原因です。

 ともあれ、英語であっても定義が一つではないので、英語表記であれば分かりやすい、という問題ではないと思います。ただ、英語での定義もまちまちなのに、その英語に対してすら、まちまちの訳語が充てられてさらに混乱を深めている、ということは言えそうです。

 

 あと、ARTを訳しているときに、Noise Reductionでやはり Chrominance という言葉が出てきます。こちらは単純に、「色ノイズ」と訳しました。またL*a*b*調整で、Chromaticityという言葉も出てきます。これは「彩度(Chromaticity)」と英語併記にしました。Saturation調整の、L*a*b*空間版ではないかと解釈したのですが...