省型旧形国電の残影を求めて

戦前型旧形国電および鉄道と変褪色フィルム写真を中心とした写真補正編集の話題を扱います。他のサイトでは得られない、筆者独自開発の写真補正ツールや補正技法についても情報提供しています。写真補正技法への質問はコメント欄へどうぞ

関西色を残していた 身延線 クモハ51826 (蔵出し画像)

 こちらも、身延線旧形国電末期の日常輸送の主力として活躍していたクモハ51です。本車も828と並んで関西色豊かなクモハ51だったことが特徴で、関西型通風器が残っていた点、そして床下機器を見ると関西生まれのクモハ51だったことがすぐ分かります。通風器も塞がれていません。

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クモハ51826 (静ヌマ) 1981.7 富士駅

 側面幕板に関西特有のサボ受けが残っているのが見えます。また前面通風器も原型のまま残っていました。

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クモハ51826 (静ヌマ) 1979.5 富士駅

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クモハ51826 (静ヌマ) 1981.4 富士電車区

 運転台を左手に見て表側(南西側)の床下機器は空気系が配置されています。これはもともと関西下り向け仕様で製造されたためです。関東仕様のクモハ51は、電気系であり、これは関西に行っても方向転換されることはありませんでした。

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クモハ51826 (静ヌマ) 1981.7 富士駅

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クモハ51826 (静ヌマ) 1977.5 車内

 荷物車代用で、運転台のところに臨時に幕を張って荷物を載せているところです。後に国鉄の荷物輸送は民営化前に廃止されてしまいますが、当時は盛んに行われていました。また客室内のニス塗りも維持されていました。

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クモハ51826 (静ヌマ) 連結面 1977.5 富士駅

 こちらは連結面です。51-8 大船工 という全検時期の表示が見えます。右は55440です。樋は平樋に改修されていました。

 なお、裏側(北東)側面の写真が撮れていませんが、ネット上に上がっている他の方が撮られた写真を見ると、客用ドアの形状は、2-4位側と全く同じだったようです。

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1-3位側のドア

では、本車の車歴です。

1937.7.31 日本車輛製造 (51050) → 1937.8.27 使用開始 大ミハ → 1937.12.10 大アカ → 1944.5.1 座席撤去 → 1954.11.30 更新修繕 吹田工 → 1965.3.1 大タツ → 1970.2.17 静ヌマ → 1970.6.17 改造 浜松工 (51826) → 1981.9.12 廃車 (静ヌマ)

 本車は関西向けのモハ51として1937年に日本車輛で製造されました。関西において当初から偶数向きで製造されましたので、1-3位側が電気機器側となっています。また電気側の配置は関西タイプでした。おそらく吹田工場で電装されたものと思われます。関東のモハ51は座席撤去の際、モハ41に編入されましたが、本車はそのまま51として京阪神間を33年走ったのち、万博対策で103系京阪神緩行線への投入が始まることで、17m車クモハ14淘汰のため身延線に転じ、浜松工場でパンタグラフ部分の低屋根化工事を受けて51826となりました。なお、京阪神緩行線のクモハ51は、153系の配備で宮原区から80系が高槻区に押し出されてきた影響で、1962年頃に明石区に集中配備されましたが、本車はなぜか1965年に高槻区に移動している点が珍しい経歴となっています。その後11年間身延線を走ったのち、新性能化で廃車となりました。

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