省型旧形国電の残影を求めて

戦前型旧形国電および鉄道と変褪色フィルム写真を中心とした写真補正編集の話題を扱います。他のサイトでは得られない、筆者独自開発の写真補正ツールや補正技法についても情報提供しています。写真補正技法への質問はコメント欄へどうぞ

御殿場線時代の奇数車を方向転換した 身延線 クモハ60812 (蔵出し画像)

 こちらも地味に身延線の輸送を担ったクモハ60の一両です。正面は癖がなく、非常にオーソドックスな関東の旧型国電の表情をしています。但し通風器がつぶされていたのが残念でしたが...

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クモハ60812 (静ママ) 1977.9 富士電車区

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クモハ60812 (静ヌマ) 1979.5 富士駅

 全検から間もないようで、塗装がはっきりしており、艶も見えます。窓から垣間見える車内を見るとモスグリーンに塗られているのが分かります。おそらく御殿場線時代に既にペイント塗潰しにされていた可能性が高いです。なお、この車は偶数車なのに2-4位側が電気側になっています。これは奇数車だったのを身延線転用時に方向転換したためです。

クモハ60812 (静ママ) 1981.7 富士電車区



 1977年に撮った写真と比べると前面の塗分けが変化しています。非貫通車同様一直線になっていますね。

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クモハ60812 (静ヌマ) 1981 富士電車区

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クモハ60812 (静ヌマ) 1981.7 富士電車区

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クモハ60812 (静ヌマ) 1981.7 富士電車区

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クモハ60812 (静ヌマ) 1981 富士電車区

 客用貫通路側連結面。昭和26年 更新修繕 大井工場の銘板はありますが、製造銘板と浜松工場での改造銘板がなくなっています。

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クモハ60812 (静ヌマ) 1980.12 富士電車区

 電車区構内入換中です。こんなふうに、かつてはステップに足を掛けて運転台の手すりにつかまって車両の入換の指示を行う職員の姿が頻繁に見られました。運用の分割併合だけではなく、旧国鉄では車両を一両ずつ管理し、検査期限の近づいた車両や故障車を切り離し、別の車両と振替えるというような作業が良く行われたからです。因みにサハ45に設けられた手摺もこのような作業のために設置されていたと思われます。

 ただ、これは転落等でけがをする危険性の高い作業です。旧国鉄では特に入れ替え作業が頻繁にあった貨車の入れ替え、連結作業現場での事故発生率が非常に高く、そこで手や脚を失う人が結構いたという話を読んだ記憶があります。そのように後遺症を負った職員、元職員の生活を支援するため鉄道弘済会が設立され、駅構内の売店等の営業を独占させ、その収益から生活支援を行っていたはずですが、民営化でその仕組みはどうなってしまったのでしょうか。

 なお現在のJRでは、車両を一両ずつ管理するのではなく、原則として切り離さず編成単位で管理するようになっていますが、その理由の一つにはこのような危険な入替作業を減らすという意味があると思います。

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クモハ60812 (静ママ) 1981.7 富士電車区

 やはり入換中です。こちらは運転台から見守っています。これならより安全ですが...

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富士-竪堀間を行くクモハ60812以下4連 1981.4

 富士電車区からの帰り、旧国が通過しましたので、慌ててシャッターを切りました。

本車の車歴です。
日本車輛製造 (モハ60115) → 1943.1.31 使用開始 東鉄配属 → (1947.3現在 東カマ) → 1951.4 更新修繕I 大井工 → (1954.11現在) 東マト → 1968.1.31 静ヌマ→ 1970.7.11 改造 浜松工 (60812) → 1982.1.21 廃車 (静ヌマ)
 本車は、日本車輛で1942年度に製造され、1943年に使用開始となりました。1947年に蒲田区にいたので、最初から京浜線に投入された可能性が高いと思います。そしておそらく更新修繕を機に常磐線に移り、そのまま常磐線の主力として活躍しました。しかし、常磐線の新性能化の開始で、御殿場線用として沼津に移ります。そして、1970年にクモハ14淘汰のため身延線用に転用され低屋根化されます。そして身延線旧形国電終焉まで使われました。典型的な身延線クモハ60の経歴と言えます。
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