以前、当ブログで大糸線の車輛について謎の フ という表記があると書き込んだところ、読者の原口様から、それは塗料に関する表記であるとのご教示を頂きました。
yasuo-ssi.hatenablog.com 当時、長野工場と浜松工場全検施工車の特徴であり、フは車輛塗装にフタル酸樹脂塗料を使っているという意味の略号で、それ以外に当時の国鉄ではカシュー塗料が使われており、カシュー塗料施行車に関しては カ の表記もあったとのご指摘でした。
手元の写真で確認すると確かに長野工場と浜松工場全検施工車に フ の記号が書かれています。通常は車検期限表示面 (3-4位) に一緒に書かれていますが、クモハ43802のみ、誤記なのか (長野工では 1-2位にも書くのが慣例だったようです)、1-2位にも書かれていました。
(左テールライトの右側に フ 表記アリ)
そこで、手元の資料で カ 表示がある写真があるのか調べてみたところ、『ガイドブック 最盛期の国鉄車輛 戦後型旧性能電車 2』(ネコ・パブリッシング) にありました。p. 129に新ナカのサハ75004 にはっきり カ 表示が見られます。車検期限表示を見ると、43-12 浜松工 とあります。どうやら中央西線から新潟地区に転出する際に、浜松工場で塗り替えを行った上で転出させたようです。ただこれ以外に カ 表示がある写真は見当たりませんでした。また同書に、この前後に浜松工で全検を受けた車輛で フ 表示も カ 表示もない車輛の写真があります。
これから推察するに、おそらく当時フタル酸樹脂塗料を使った車両はフ表示を入れていた一方、カシュー塗料を使った車両は原則表記を行っていなかったが、自社工場担当地区以外に転出させる車輛については、カ 表示を行っていたのかもしれません。但し、 新津車管で塗り替えた可能性も完全には否定できません。
さらに、同書を見ると長野工場、浜松工場施行車以外にも大井工場や吹田工場施行車に フ 表示がある車両がありますが、いずれも1962 (S37) 年から1966 = S41年までの車輛に限られています。さらに、『ガイドブック 最盛期の国鉄車輛 戦後型旧性能電車 1』では S32 (1962) 年幡生工場全検施行車にも フ 表示があるのを発見しました。しかし手持ちの写真では大井工、吹田工、幡生工施行車で フ 表示のあるものはありません。
また、一瞬の夢さまからは、『旧形国電台帳』の写真を見ると、1950年代の車輛の写真にも フ 印が確認できるとのコメントを頂きました。
以上の結果から推理すると、1950年代から国鉄の塗料はカシュー塗料からフタル酸樹脂塗料への切り替えが行われ、両者が併用されていた頃は、フタル酸樹脂塗料を使った車両について フ 表記が行われていたものの大井工場、吹田工場などではフタル酸樹脂塗料への統一が早く進み、その後 フ 表記は行わなくなったのではないかと思われます。あるいは多数派となったフタル酸樹脂塗料の場合表記せず、少数派のカシュー塗料の場合のみ カ 表示を行うという運用に変わったのかもしれません。
一方、長野工場や浜松工場などではフタル酸樹脂塗料への全面置換が遅れていたため、比較的遅い時期まで (おそらく民営化前まで?) フ 表記が残ったのか、あるいは単に昔の慣習が続いたのかの、いずれかと思われます。
また、1962年にいわゆるスカ色 (横須賀線色) が微妙に変わったことが知られています(クリーム2号+青2号 → クリーム1号+青15号)。これは Wikipedia の横須賀線の項目では「外部塗色の一部統合標準化」のため、と説明されていますが、どうもこれはカシュー塗料からフタル酸樹脂塗料への変更のためではないかという気がしてきました。おそらく、クリーム2号+青2号では、フタル酸樹脂塗料ではメーカー製の既成色がなく、面倒な調色が必要になるため変更したのではないでしょうか。事実 1962 年以降は、Wikipedia の記述によるとほぼ使用されていないとされています。青2号はその後 EF58 に使われたケースがあるとも書かれていますが、これは余った塗料の活用だったかもしれません。
なお、現在の横須賀線の色は青15号が青20号に変更になっていますが、これはE217系の機器更新車から実施されています。ただこれはすでにラッピングを使っていますので、塗料が色の変更理由ではないと思います。
また、新潟色を塗るのに、カシュー塗料ならメーカーの既成色があり、フタル酸樹脂塗料ではなかったとすると、115系に新潟色が引き継がれなかった理由も理解できます。ただ新潟色は赤2号と黄5号とされており、特急車両や中央・総武緩行線にも使われている色なので、フタル酸樹脂塗料では本当になかったのか、ちょっと疑問でもあります。
なお、原口様の指摘では、JR化後はウレタン樹脂塗料の導入も行われている、ということでしたが ウ 表記もあったのでしょうか? ちなみに、中央東線の 115 系の末期に長ナノ所属の1編成が横須賀色に復元塗装されましたが、八トタ所属車と微妙に色が異なっていました。これは、長ナノの復元車はウレタン塗料を調色して横須賀線色を再現していたため、そうなったのかもしれません。
何かご存じの方は情報をお寄せいただけますと幸いです。
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こんな記事も見つけました。
最近の鉄道車両用の塗料と塗装 (大日本塗料)
https://www.dnt.co.jp/technology/technique/pdf/giho2-22.pdf
現在鉄道車両の塗料は、2液式のポリウレタン塗料が主流だということです。
最近の鉄道車両の塗装について, 『色材』66巻4号 (1993年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/shikizai1937/66/4/66_221/_pdf/-char/ja