先日、NX Studioを使ってピクチャーコントロールを変えた現像の比較検証を行いました。今回それに引き続き、梅雨明け後しばらくして非常に空が青かったので、ちょっと撮ってみた写真を使って、現像ソフトを変えたり、プロファイルを変えて現像してみるとどうなるか、試してみます。カメラはNikonのD5500で、レンズはキットレンズAF-S NIKKOR 18-55mmです。
まず、RawTherapeeを使い、設定[ニュートラル]で読み込んだ結果です。これはほぼ、ただデモザイク以外何もやっていない、センサーに写った素に近い状態かと思います。
ヒストグラム上に、R, G, Bそれぞれずれた直角三角形状の山が見えますが、これは主として空の部分のピクセル分布を示しているようです。空の部分の大半がミッドトーン以下に分布しておりかなり暗いですが、センサー上では暗めに写してハイライト部のクリップアウトを避け、それをトーンカーブで持ち上げて通常の明るさに持っていくということが行われているのだと思います。
次に純正現像ソフトNX Studioを使い、デフォルトの画像処理エンジン(Expeed4)相当で処理をした結果です。これがカメラメーカーによる標準的な絵だと思います。現像したTIFFファイルをRawTherapeeに読み込みなおし、RGB値やヒストグラムを表示させています。
明るさが補正されるだけではなく、デフォルトでレンズの歪曲収差補正や色収差補正が掛かります。次は、NX Studioで、最新の画像処理エンジン(Expeed6相当)を適用した結果です。
Expeed4相当に比べ、青空のB値、R値が高めというのは、以前お見せした結果と同じです。ヒストグラムはExpeed4とかなり似ていますが、微妙に異なっています。青空はよりスッキリし、空のRがやや高めなのも、また肉眼により近いように思います。厳密にいうと空の色はExpeed4と6の中間ぐらいが適切のような気が...
ニュートラルの山をそのまま右に引っ張っていき、さらに暗部は左に引っ張って行って一部クリップさせたようなのが、Expeed4相当、それに対して、Expeed6相当は、RとBの山が微妙に右(明るい方向に)に移動している、と共に、シャドウ域のダイナミックレンジが広がっています。
一方、RawTherapeeのスタンダードプロファイルを適用するとどうなるでしょうか。RawTherapee上でカメラの標準的プロファイルと、ISO - Lowの Standardトーンカーブを適用させています。
レンズの歪曲収差補正は自動的にかかってくれます。おそらくレンズ色収差の補正も自動的にかかっているものと思いますが、NX Studioよりやや劣るようで、下の白い建物の輪郭などが今一つスッキリしません。以下拡大図です。これはもうちょっとパラメータを追い込めば改善する可能性があると思いますが、あくまでデフォルトの状態です。
右の方が色のにじみが出て、精細感が弱まっています。NX Studioの色収差補正はかなり優秀なようです。
なお、NX Studio処理の結果に比べて暗いので、さらに比較するため、NX Studioに準ずるところまで露出を開いてみました。それが以下です。
ヒストグラムの山の形は、Expeed4に似ていますが立ち上がりが結構違います。またBチャンネルのシャドウ域の形(おそらく下の木の部分)がかなり異なっています。空のR, B値はExpeed4とほぼ同等ですが、G値が高めで色のニュアンスが異なります。やや紺色に寄っているイメージです。木の色は、ほぼExpeed4をやや明るくした感じです。
次はAdobeによるカメラ固有のプロファイルをエミュレートしたDCPプロファイルを適用した結果です。
山の形はExpeed4処理相当の結果と結構似ていますが、若干ヒストグラムの山が全般的にやや暗いほうに寄っているようです。若干暗めという点は微妙に違いますが、イメージがかなり再現できているのは以前お見せしたものと同じです。
次はAdobe標準DCPプロファイルを適用した結果です。この画像はおそらくLightroomのデフォルトと同等かと思います。
ヒストグラムは、ミッドからシャドウ域のRが突出しており、Nikonの標準とはかなり異なる形になっています。空の値は、R, G値はExpeed4の値に近いのですが、Bの値が低めで、ちょっと濁った色になっているのが気になります。その傾向はヒストグラム上でも確かめられ、Bの山が低めのところに位置しています。Lightroomを使っている人で、NikonのRAWファイルを見ると黄色いから、Nikonはヤダ、とネットに書いている人がいるらしいですが*1、それはNikonが悪いのではなく、黄色いのはAdobe StandardのDCPプロファイルの問題です。ニュートラルのヒストグラムを見てもBの山が相対的に低いということはありません。
ここまでのヒストグラムの比較図を見てみましょう。
カメラ特性をエミュレートしたDCPプロファイルは、若干暗めですが、かなりヒストグラムの形を再現できています。RawTherapee Standardは、露出を明るくしてExpeed4相当に合わせてみると、Rの山が低いところに位置しているのが分かります。空もR成分が少なく妙に青々としています。Adobe Standardは、Rのピークが突出しています。これはニュートラルのヒストグラムと似ているとも言えますが、それ以外にB値が、R, G値に比べ相対的に低く、空が他の画像に比べ黄色味を帯びています。
次はdarktableでの処理結果を見てみましょう。
RawTherapeeのスタンダードと同じで、やはり暗めになっています。なお、レンズの歪曲補正は自動ではかかってくれません。Rawファイル特性を読み込んだ自動補正は一切行わないようです。露出を開いてみます。
Expeed4処理の結果と比べると、空ではかなりRの値が全般的に低いですが、G, B値はほぼ同じです。一方下の木が写っている部分では、R, G, Bの値がかなり高く、明るくなっています。逆光気味でもそれが緩和されているのが特徴です。
ヒストグラム的には、G, BはExpeed4の結果を上に引き伸ばしたような形になっていますが、Rの山がかなり独特で、かなりシャドー域に寄っていますし、山もなだらかとかなり特異な形になっています。
空の色は違うという気がしますが、逆光部分が明るめに出るのは、かなり印象に近いのかなという気がします。明暗のコントラストが高すぎる画像で有効かもしれません。
またRawファイルのプロファイルを読み込んで自動で補正を掛けることはないので、当然色収差補正もデフォルトでなにもかかっていません。なお、darktableでは、lens Correctionをオンにするとプロファイルを基に自動的にレンズを判定して歪曲補正と色収差補正を行います(下のdarktable画像は色収差補正なし)。
ヒストグラムの比較です。
空のRが低めに出るという点ではRawTherapeeのデフォルトに似ていますが、露出を開けても、Rの山すそが左端をあまり離れないという点で特異です。
と、ここまで書いたところで darktableを3.6にバージョンアップしたら、デフォルトで読み込んだ状態の傾向が、だいぶ変わってしまいました。これもデフォルトで読み込んだ状態が暗いのは同じなので、露出を開けた状態でアップします。
R値が低すぎて青すぎるのが修正され Expeed4 相当に近いところまで空の色が修正されています。ヒストグラムも見てみます。
darktable3.6では、3.4から大幅にヒストグラムの形が変わっています。デフォルトだと、非常に素直にニュートラルのヒストグラムを、filmic RGBがデフォルトでかかって、若干ダイナミックレンジを広げた形になっています。ただ初期状態が暗めになるのは変わりません。その露出を開けると下の真ん中のようになります。darktable3.4ではR, G, Bの山がかなり離れ、しかもRの山が低くなり、Rのレベルがかなり下がりますが、darktable3.6では、ほぼその山が右に移動し若干幅が広がる形になるだけです。Adobe Standardのように、BとGの山の相対的な位置が近づく、という傾向もありません。余計な味付けをせずなるべくニュートラルを線形(リニア)変換したものにという姿勢が明瞭になりました。
MX StudioのExpeed6, 4相当とdarktableの結果を並べたのが下記です。
darktableでは空のダイナミックレンジが狭めなのが、画像的にやや明るく平板に映っています。これを調整するには以下のように行います。
露出モジュールで、露出を開けるとともに、黒レベル補正を上げると空の部分のダイナミックレンジが広がります。こうすると色合いがExpeed4にかなり近づきます。こう考えてみると改めて Expeed4というのは、物理的・光学的にニュートラル志向、それに対してExpeed6は、それに知覚的な色補正が入った処理プロセスだということが分かります。
なお、このようにdarktable3.6ではデフォルト値が大幅に変わっていますので、3.4以前に調整したファイルを3.6でそのまま読み込むとどうも若干色が変わるようです。再調整が必要です。
最後は、Luminar3です。Luminar3で現像したTIFFファイルを、RawTherapeeに読み込ませてRGB値やヒストグラムを測っています。
Luminar3の標準ですが、かなり、Adobe Standardに似た印象です。B値が相対的に低いのも似ています。ヒストグラムを比較してみます。
やはり、思った通りLuminarのヒストグラムはAdobe Standardに酷似しています。違うのは、Adobe Standardの分布を若干左右に引き伸ばした感じである点です。これはやはりRaw現像ソフトの違いによる若干の差なのか、あるいは、AdobeのDCPプロファイルをそのまま流用して販売すると著作権問題が生ずる可能性があるので、メーカー(Skylum)でAdobeの Stardard DCPプロファイルをエミュレートしたプロファイルを使っているため、若干ずれるのかのどちらかでしょう。
今回比較して見て、特に青空の表現がどのRaw現像ソフトを使うのか、あるいは、同じソフトでもどのプロファイルを使って現像するのかによって、かなり大きく異なることが分かりました。
Nikon純正のExpeed6は、青空に対し、ややR, Bを高めに維持する傾向にあるのに対し、Adobe Standard (および Luminar3)は、青空を黄色っぽく(B値を相対的に低めに)、またRawTherapeeやdarktable3.4はR値を低くして、より青っぽく表現する傾向にあることが分かりました(もちろんこれは標準のデフォルト設定での話です)。それに対して、NikonのExpeed4やdarktable3.6は光学的にニュートラル志向(但しそれは知覚的にニュートラルかというとまた別の話です)という傾向にあることが分かります。なお、D5500カメラ固有の設定をエミュレートしたDCPプロファイルは、Expeed4のトーンカーブをエミュレートしています。
ただ、私の個人的な感じ方としては、通常私たちが生活している範囲でいくら空が青くても、R成分がほとんど含まれない真っ青というのはあまり経験がないように思います。ややR成分があってごく僅かに藤色にぶれているというのが普通ではないでしょうか。そういう意味ではNikonのExpeed6の方向性が、少なくとも風景写真に関しては、正解のような気がします。
Adobe Standardが黄色っぽいのはおそらく他メーカーのカメラ用のAdobe Standardのプロファイルでも同じではないかと思います。日本やアジア系はやや冷たい色温度を、欧米系はやや暖かい色温度を好むと言われているので、B値を低めに調整するのは欧米系の趣向にターゲットを合わせた意図的なものではないでしょうか。
RawTherapeeやdarktable3.4は、印象付けるために、Adobeと敢えて反対の方向を志向しているのかもしれません。
Expeed4も6と並べてみるとやや青過ぎるような気がしますが、他の処理ファイルと並べると、ほどほど赤みが残されて適切なようにも見えます。Expeed6と4の中間ぐらいが正解なのかもしれません。
なお、D5500の特性をエミュレートしたDCPプロファイルはよくできていますが、あくまでExpeed4で処理した結果をエミュレートしています。Expeed6を適用した結果をエミュレートするDCPプロファイルはないものかと思って、次のようなことを試してみました。Nikonの色味が変わったのは、Expeed5からのようですので、Expeed5を採用したカメラD7500のカメラ特性をエミュレートしたDCPプロファイルをRawTherapeeに適用してみました。すると次のような結果が....
狙い通り、空の色味がNX Studio Expeed6相当で処理したものに近づいています。ヒストグラムを見てみましょう。
D7500をエミュレートしたDCPプロファイルを適用したほうが、NX StudioのExpeed6相当処理に比べて、若干暗めなのは、Expeed4相当とD5500エミュレートとの関係と同じです。形は結構似ていますが、RとGのピークの関係はかなり似ているのに対し、GのピークとBのピークはExpeed6相当よりやや近い、つまりBの値が相対的に微妙に低いです。やや空のスッキリ感が足りないかもしれません。ただ空の色のイメージは近いですし、Expeed6のエミュレーションとしてはまずまずかと思います。気になるようならBのピークをもう少し右に寄せる補正をすると良いでしょう。D5500とD7500のセンサーが異なることも考えると十分実用になります。
これ以外にD850のDCPプロファイルも、やはりBがやや相対的に低めですが、割合いい感じでした。
Zシリーズの Camera DCPプロファイルをD5500のRawファイルに適用すると、Rが相対的に低めで Expeed4の傾向にやや戻る感じです。
※以上はあくまでD5500のRawファイルに対して他機種のプロファイルを適用したら、という話です。同じNikonのカメラでもカメラごとにセンサーは異なりますし、さらにセンサーのメーカーも異なる場合もあります。その場合、他機種のプロファイル適用結果は大きく異なる可能性が高いです。
あと、気付いた点として、NX Studioでの処理は、他のソフトによる処理よりハイライト圧縮が強くかかっていて明るめに処理されるようです。これは実際にD5500で撮影していても、パネルには実際の空の色よりも明るめ(薄め)に写る傾向にありますが、それと対応しているように思います。見た目に近くするには、NX Studioでの処理結果をやや暗めに調整するのが良いかもしれません。
またちょっと前の常識だとメーカーの純正ソフトはおまけ的であってサードパーティー製現像ソフトに劣る、と言われていましたが(ネットでは、Capture NX-Dはノイズ低減がダメとか書かれていることが多い)、最近のCapture NX-DやNX Studioは結構優秀だと思いなおしました。特に、レンズプロファイルを使った色収差補正はかなり優秀だと思います。解像感も高いです。これは特筆すべきです。しかも読み込んだだけでデフォルトでかかってくれる (これはカメラの撮影時の設定に従って自動補正が掛かる) ので楽ちんです。これだけスッキリ色収差補正をやってくれるなら、安いキットレンズでもガンガンいけます。
確かに、サードパーティー製現像ソフトに比べて機能的に少ないのは事実です。しかし、カメラメーカーの持ち味を生かす処理を行うなら、一旦Nikon純正ソフトを使って、バッチ処理で16bit TIFFとして現像出力しておいて、足りなければサードパーティー製現像ソフトやその他フォトレタッチソフトに読み込ませて処理するというのは十分にありなのではないかと思います。カメラ内蔵の画像処理エンジンだけではなく、最新のExpeed6相当で処理することもできるというのも利点です。動作がもっさりしているのが欠点だったCapture NX-DもNX Studioになってだいぶきびきび動くようになり、この点でも忌避する理由はなくなったと思います。
まぁ、純正ソフトはダメだから、皆 Lightroomを使う、という方向性になってしまうと、結局Adobeの標準の色づくりで写真を現像することになりがちであり、そうなってしまうとカメラの個性もへったくれも関係なくなり、カメラの機種やメーカーへのこだわりも必要なくなってしまいます。そういう意味では、やはりカメラメーカーが純正ソフトを充実させるというのは正しい方向のように思います。
*1:例えば、以下のページ参照。