[最新版情報: ART の最新バージョンは、 2024.6.18にリリースされた1.22.1 (Windows版は 6.24 リリースの、1.22.1.2) です。またRaw読み込みエンジンが2021.11アップデートのVer. 1.11より LibRaw となり、対応カメラ数は、フリーウェアRaw現像ソフト中最強となりました]
ARTの特徴
・RawTherapee から派生した FOSS (フリー・オープンソース・ソフトウェア) Raw 現像ソフト
・darktable と同様、シーン参照ワークフローを採用
(このため、RawTherapeeからは、画像処理パイプラインの配置が大幅に見直されています。そのためDCPプロファイルの解釈など、同じパラメータでも処理結果に差が出ることがあります)
・Raw 読み込みエンジンとして LibRaw を使用しているため、フリーソフトの中では、新規カメラ対応が最速 (ただしバージョンアップが必要な場合あり)
・カメラプロファイルとして DCP プロファイルを使用
・レンズプロファイルは lensfun データを使用しているが、Adobe の lcp ファイルも利用可能
・Adobe Camera Raw, Lightroom より高い、カメラ設定エミュレーション能力
Raw ファイルに含まれる Jpeg ㇷ゚レビュー画像からエミュレートする機能による
・編集機能やパラメータが、使用頻度の高いもの、必要性の高いものに絞り込まれており、Raw現像に慣れていない人でも比較的迷いにくい
・RawTherapeeの特徴である、優秀な色収差補正などの高精度な画像出力を継承
・RawTherapeeに比べて使いやすいローカル (マスク) 編集
・RawTherapee から継承された機能だけではなく darktable からも移植されたモジュールがあり、RawTherapee と darktable の良い所取りを狙っている。また原色補正など独自に実装された機能もある
・Open Color IO に対応した高精度なカラー・ルックアップテーブルが使える
・CTL スクリプトのサポートによりユーザが作成した機能を追加できる
・現在サポートされている言語は以下の通り
英語 (デフォルト)、カタルニア語、ドイツ語、スペイン語、フランス語、イタリア語、日本語、韓国語、ハンガリー語、オランダ語、ポルトガル語 (ブラジル)
全般的に画像処理専門家よりは写真愛好家を対象にしつつも、画質面では妥協がないと言えます。
Mac ユーザーの方は以下の記事をご覧ください
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以前ちょっと言及しましたが、ART - a folk of RawTherapeeというフリーのRaw現像ソフト があります。先日のRaw現像ソフトのノイズ低減テストでも使っています。RawTherapeeの派生バージョンで、下記からダウンロードすることができます。先日の検証で、本家RawTherapee5.8より、高ISO画像のノイズ低減でより高い効果も確認しました。イタリアのプログラマー、Alberto Griggio氏が開発・メンテナンスを行っており、2019年10月から公開がスタートしたプロジェクトのようです。因みにARTという名前ですが、もちろんartにひっかけているわけでしょうが、Another Raw Therapee (もう一つのRawTherapee)で、ARTと命名されているようです。
RawTherapeeはちょっと使うのが難しいという声があります。Raw TherapeeのWikipediaの記述を見ますと、この"Therapee"の語源は、"The Experimental Raw Photo Editor"、つまり「実験的なRaw現像ソフト」、ということなので、尖っていて当然です。そこで、ARTは、RawTherapeeから使用頻度の少ないもの、使うのが難しいモジュールを削除したり、メニュー配置を分かりやすく再整理して、よりユーザフレンドリーな (実験的でない) 路線を目指しています。また単にユーザフレンドリーなRawTherapeeというだけではなく、処理パイプラインの配置も見直していますので、RawTherapeeよりも処理自体が改善されているのではないかと思います。ただ日本語化されておらず(※追記: なお、現在は私が公式リリースの日本語翻訳を担当しているので、日本語化されています)、日本の方にはほとんど知られていないようで、私が書いたもの以外は、日本語の記事は一切見当たりません(※当記事当初執筆時点で)。単にユーザフレンドリーなだけでなく、現在、darktableと同じように夏と冬に定期的にバージョンアップされていて、まだ安定版がリリースされていない本家RawTherapee5.9開発版から安定して使えるモジュールを取り入れてもいます。従って安定版でありながらも本家RawTherapee安定版(5.8)より一歩進んでいる面もあります。現在の最新バージョンは、darktableと相前後して7月にバージョンアップされた1.9.3です。
ダウンロードページは以下です。
上のダウンロードサイトから、皆さんご利用のOSに応じたファイルをダウンロードして下さい。Windows版なら ART_**.**.**_Win64.exe です。
最新の開発版 (André Gauthier 氏による非公式コンパイル) は以下からダウンロードが可能です (2023.4 リンク更新)。Windows最新バージョンは、CPU別に最適化されたバイナリーが利用可能です。ただし、インストーラーになっていないので、解凍したものをそのままインストールディレクトリにコピーして使います。PC初心者にはちょっとハードルが高いかもしれません。
なお、Mac OSには作者の Griggio氏が Mac ユーザではないため、公式安定版のリリースがありません。非公式の実験的バイナリーがあります。
まだ使い方がよく分かっていない機能もありますが、RawTherapee5.8 との機能の違いを中心に紹介します。
大きな違いとしてはタブが異なっています。
ARTでは、高度な機能がなくなり、ローカル編集と特殊効果タブが追加されています。
各タブの内容の違いです。
露出タブ
露光補正のパラメータが少なくなっており、自動調整も省かれました。またシャドウ/ハイライト(→廃止)、ビネットフィルター(→特殊効果タブへ)、減光フィルター(→特殊効果タブへ)、L*a*b*調整(→カラータブへ)がなくなっています。トーンマッピングもローカル編集タブに移動し「テクスチャ増幅」に改名される一方、ログ・トーンマッピングが新設されており、調整項目も異なります。またdarktableに登載されているものに似たトーンイコライザーが新設されています。
シャドウ/ハイライトが廃止されたのはおそらくトーンイコライザーもしくはログ・トーンマッピングで代替可能という判断かと思います。
ディテール(CbDL)タブ
なくなっているのは、ローカルコントラスト、マイクロコントラスト(→廃止)、エッジ(→廃止)、詳細レベルによるコントラスト調整(→廃止)、霞除去(→特殊効果タブへ)で、新たに付け加わっているのはスポット除去、ファイナル・スムージングです。
なお ART はローカル編集タブにローカルコントラストがありますが、後述するように RawTherapee のローカルコントラストを移植したものではありません。
シャープニングはパラメータ指定項目の単純化が図られていますが、一方変形タブにもシャープニングが設置され、元々あったパラメータの多くはそちらで設定するような形になっています。エッジはシャープニングのコーナーブースト機能で代替されるものと思います。ファイナル・スムージングはノイズ低減のメディアン・フィルタを改名しているようです。
マイクロコントラストと詳細レベルによるコントラスト調整は、ローカル編集タブに新設されたテクスチャ増幅が代替ツールになるのではないかと思われます。
カラータブ
なくなっているのは、白黒(→特殊効果タブへ)、フィルムシミュレーション(→特殊効果タブへ)、ソフトライト(→特殊効果タブへ)、カラートーン調整(→ローカル編集タブへ)です。HSVイコライザはカラーイコライザに名称が変わっています。またL*a*b*調整が露出タブから移ってきていますが、設定項目が単純化されています。他にも設定項目が単純化されているモジュール(自然な彩度など)があります。
ローカル編集タブ
このタブはRawTherapee5.8にはないタブです。ただ5.9の開発バージョンにはあるようです。
ここには、カラータブから、カラートーン調整が移ってきています。またローカルコントラストは RawTherapee のCbDLタブにあったものではなく、RawTherapee の高度な機能タブにある [ウェーブレット] の中の [最終調整] → [最終的なローカルコントラスト] が移植されたものです。新設されているのはテクスチャ増幅とスムージングですが、テクスチャ増幅は、トーンマッピングを改名するとともに、パラメータ設定も若干変えています。RawTherapeeのトーンマッピングは、Web上の情報を見ると、なぜか解像感が上がる効果がある、と指摘されていましたが、「テクスチャ増幅」と称することで、その効能が分かりやすくなっていると思います。カラートーン調整はインターフェースが変わっています。
これらのモジュールにはいずれもマスクを掛けることができます。共通して掛けられるマスクは、以下のように、パラメータ指定マスク、色域マスク、エリアマスク、ブラシマスクの4種類があります。
特筆すべきはマスクを掛けるのに、どうもクリップボードから画像をマスクとして貼り付けられるようです。またマスク画像を保存することもできるようです。この点はdarktableに比べて優れている点です。ただ残念な点は、darktableはほぼ大半のモジュールにマスクが掛けられましたが、ARTではローカル編集タブにあるモジュールにしか有効ではない点です。個人的にRGBカーブでマスクが掛けられると良かったと思うのですが... そうなるとほぼGIMPの代わりに使うことができます。
特殊効果タブ
このタブも新設されているタブです。ここに含まれているモジュールは以下のものがあります。
ここには、白黒、フィルムシミュレーション、ビネットフィルター、減光フィルター、霞除去、フィルムグレイン、ネガフィルムがあります。白黒、フィルムシミュレーションはカラータブから移ってきたもの、ビネットフィルター、減光フィルターは露出タブから移ってきたもの、霞除去はCbDLタブから移ってきたものです。ネガフィルム(ネガ→ポジ転換機能)は、Rawタブから移ってきていますが、デモザイク前のRaw色空間上で動作するのは変わらないので、ベイヤーセンサーやX-transのRawファイル以外では、うまく調整できません。但しフィルムベースカラーを調整したり測定するようなパラメータが増えて改善されています。フィルムグレインは、フィルムの粒状をシミュレートするモジュールだと思いますが、これは新規モジュールです。
変形タブ
変形タブは比較的異同が小さいです。その中で最も大きな変化はディテール(CbDL)タブと併せてシャープニング(こちらは出力シャープニングの名になっているがRawTherapeeのPost-Resize Sharpning[リサイズ後のシャープニング]を引き継いだもの)が設置されていますが、ディテールタブのシャープニングがかなり簡略化されているのに対し、5.8に元々あったパラメータが残っている状態です。
Rawタブ
Rawタブも比較的異動が小さいですが、ネガフィルムモジュールが特殊効果タブに移動しているほか、キャプチャーシャープニング(レンズを絞り込んだ際に鮮鋭度が落ちる回析を補正する効果)が削除されています。キャプチャーシャープニングが削除された理由はディテールタブの[シャープニング]で[RLデコンボリューション]を使うと同様の効果があり、機能的にバッティングするので削除されたようです*1。
このほかメタファイルタブがありますが、メニュー表示は省略します。ただし、メタファイル編集のエンジンとしてExiftoolを採用しています。つまり、ARTは、ExiftoolのGUIインターフェースとして使えるというわけです。これも特筆すべき特徴です。
因みに先日以下の記事で同じRawファイルをいろいろな条件で読み込ませて比較して見ましたが
この画像をARTで読み込んだデフォルトの状態のヒストグラムは以下のようになります。
これを見る限り、基本的にはRawTherapeeに近いです。Rの山が崩れているもの同じです。ですが、よりダイナミックレンジが広がっています。R味の少ない青くすっきりとした青空になります。なお、トーンカーブの自動調整、Rawタブの色収差補正がデフォルトで効き、レンズプロファイルを使ったジオメトリ(ゆがみ)補正もデフォルトで効くのは、純正ソフト並みで便利です。そのため、RawTherapeeのデフォルトのヒストグラムと異なった形になっています。前にも触れたように、Raw Therapee のRaw色収差補正はNX Studioの倍率色収差補正ほどではありませんが、かなり優秀です。しかも、以前検証したとき、あまり効果のなかったレンズプロファイルによる色収差補正は、デフォルトでは有効にならないのも良いです。
参考に、前に検証したRawTherapee等のヒストグラムも再掲します。
因みにこれに対し、Nikon D5500のカメラDCPプロファイルを適用させ、さらにトーンカーブの自動調整を適用させたらこうなりました。
なんと色的にExpeed4と6の中間あたりになりました。ヒストグラムからもそれは裏付けられます。微妙にR値がG値に寄っています。ただし、NX StudioのExpeed6相当処理とは異なり、B値の上昇はありません。他の画像でもそうなのかは分かりませんが、これは結構いいかも。
なお、マニュアルに関しては、本家RawTherapeeのRawPediaを共用することになっています。
全般的に見ると、タブの分類についてはわかりやすい方に変わっており、また設定に迷うようなパラメータ設定は廃止されたり、簡略化されています。 また、カメラの設定が、読み込んだ時にデフォルトで、ARTで反映できる範囲で自動的に反映してくれます。例えば、レンズのゆがみの補正や色収差の補正などは、読み込んだ時にデフォルトで自動的に掛けてくれます。もちろんカメラにあってARTにない設定は無理ですが。
また既に述べたようにRawTherapee5.9開発バージョンを先取りしている機能もあり、あるいは5.8の不具合が解消されているところもあります。また、darktableから取り入れているモジュールやアルゴリズムもあり、RawTherapeeとdarktableの良いところ取りを目指すような感じです。
例えば、本家5.8だとカメラのDCPプロファイルを指定し、トーンカーブを流用した場合、露出タブのトーンカーブの自動調整を使うと明るすぎます。このトーンカーブの自動調整は、Rawファイルに含まれるプレビュー用Jpeg画像から生成されますが、DCPプロファイルのトーンカーブを流用するとDCPプロファイルのトーンカーブと、プレビュー画像から生成されたトーンカーブが二重にかかってしまう場合があるため、明るすぎる画像になります(一応片方の影響を差し引いて、二重にかからないようにするのが本来の動きのようなのですが、確実に動いてくれません)。しかしARTだと自動生成されたトーンカーブからDCPプロファイルのトーンカーブを差し引いた差分が指定されるため、DCPプロファイルを流用した場合でも、トーンカーブの自動調整がおかしくなりません。
またノイズ低減のアルゴリズムも改良されているようですし、基本機能も本家5.8に比べると改良されている印象があります。ただ難点はファイルのブラウジング画面の動作が遅めなことです。プレビューが表示されるまで結構時間がかかりますし、ディレクトリの切り替えも本家よりもっさりしています。私はARTのファイルブラウザはなるべく使わず、Rawファイルを右クリックしてコンテキストメニューから呼び出すようにしています。
なお、編集設定保存ファイル(サイドカーファイル)の拡張子は *.arpという独自のものですが、ファイル形式自体はほぼRawTherapee (*.pp3) と一緒のようです。
英語メニューが苦でなければ利用価値は高いと思います。
なお、最後に一点ご注意。Windows版インストーラーですが、管理者アカウントでなくてもインストールできてしまいます。しかし、その場合は、現在のユーザ以外は使えません。パソコンにアクセスしている全ユーザに対してともに使えるようにするには、管理者アカウントでインストールしてください。
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参考サイト
クイックスタート
オンライン・ディスカッション
*1:以下のディスカッションを参照。