省型旧形国電の残影を求めて

戦前型旧形国電および鉄道と変褪色フィルム写真を中心とした写真補正編集の話題を扱います。他のサイトでは得られない、筆者独自開発の写真補正ツールや補正技法についても情報提供しています。写真補正技法への質問はコメント欄へどうぞ

原型を比較的維持していた身延線のクモハ51800 (蔵出し画像)

 こちらは身延線のクモハ51です。身延線は当時自宅から日帰りで行ける距離だったので、ちょくちょく出かけました。本車は身延線にいたクモハ51のうち、番号上は一番若番の車輛でした。とはいえ、低屋根改造されたあとの番号付与は必ずしもオリジナルの番号順ではなかったので、最も古い車両だったわけではありません。

 本車の特徴は、ご覧になると分かりますが、低屋根化改造を受けた点を除いては、かなり原形のイメージを残していた点です。側面幕板に残る行先表示幕表示器やサボ受け、前面の運行灯が原型のままで、さらに正面や戸袋窓のHゴム化も施行されていませんでした。側面の表示幕器が残っていたのは身延線では本車とクモハユニ44803のみです。前面の通風器も、静鉄所属車では寒さ対策から通風孔が塞がれているケースが多かったのですが、本車は原型通りです。

 なお、クモハ51で前面がHゴム化されていなかったのは本車と802のみで、そのうち802は前面通風器の穴が塞がれていたので、番号を見なくても容易に識別できます。

 ただ残念なことになかなか撮影の機会に恵まれず、大半は中間に挟まれた状態で、先頭に出た写真も、今一つ納得のいく写真が撮れなかったのですが、今となっては貴重な記録かと思いますので蔵出しさせていただきます。

クモハ51800 (静ヌマ) 1977.5 富士駅

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クモハ51800 (静ヌマ) 1981.4 富士駅

 

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クモハ51800 (静ヌマ) 1980.3 富士電車区

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クモハ51800 (静ヌマ) 1979.5 富士駅

クモハ51800 (静ヌマ) 1976.4 富士駅
後方はクハ47106

 

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クモハ51800 側面行先幕表示器 1977.5 富士駅

クモハ51800 パンタグラフ付近 1976.4 富士駅
手前はクハ47106 2枚上と同じ列車

 客室内はモスグリーンのペイント塗潰しでした。

 そして本車の車歴です。

1937.3.24 川崎車輌製造 (51042) → 1937.6.10 使用開始 大ミハ → 1937.10 大アカ → 1944.8.8 座席撤去 → 1948.12.6 座席整備 → 1952.6.30 更新修繕I 吹田工 → 1965.3.4 静トヨ  → 1966.2.7 改造 浜松工 (51800) → 1966.4.7 静フシ → 1969.4.11 静ヌマ → 1981.11.14 廃車 (静ヌマ)

 本車は、関西向けモハ51として1937年に川崎車輌にて製造されました。その後28年間京阪神間でで活躍しましたが、1965年に飯田線に転じ、翌年低屋根化改造を受け身延線に転じます。おそらく本車が転入する頃は身延線は17m級電動車クモハ14の牙城だったはずですが、本車やクモハ43800代の投入が身延線電動車20m化の嚆矢だったはずです。ただクモハ14の廃車が本格的に始まるのは1969年からですので、17m車置き換えの目的での転入ではなく、輸送力増強の意味が強かったのではないかと思います。クモハ51802には前面に幌が設置されていますので、本車も当初は幌を設置してサハ45と組ませて4輌貫通編成を作る目的で入ったのではないかと推測しますが、必要数が満たされたため幌設置が中止されたのではないでしょうか。その後15年間、身延線が新性能化されるまで活躍しました。1966年と比較的早い時期に低屋根化改造を受けたため、比較的原形を保っていたようです。

 なお写真から垣間見る内部を見ると、内部客室はモスグリーン (淡緑1号) に塗り替えられていました。

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クモハ51室内屋根 1981

 こちらは、身延線クモハ51の室内天井部分の写真です。車端部の低屋根化された部分が写っています。ところでこの写真、メモが出てこなくて車号が分からないのですが、おそらくクモハ51800である可能性が高いです。というのは他の車輛に見られる通風器カバーが見られず特異です。またガーランドベンチレータ時代の名残と思われる天井側面に通風孔が見られます。これらは他の車輛にはめったに見られません。『関西国電50年』に戦前の電車の客室内の写真がありますが、それと比べると白熱灯が蛍光灯に代わっている以外は、ほぼ原形のようです。貫通路扉も原型の木製です。室内がモスグリーンに塗られているという点でも51800か802である可能性が高いので...

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