省型旧形国電の残影を求めて

戦前型旧形国電および鉄道と変褪色フィルム写真を中心とした写真補正編集の話題を扱います。他のサイトでは得られない、筆者独自開発の写真補正ツールや補正技法についても情報提供しています。写真補正技法への質問はコメント欄へどうぞ

ネガカラースキャン画像のホワイトバランス調整の困難と相対RGB色マスク画像作成ツール

 本稿では、拙作の相対RGB色マスク画像作成ツールの目的、機能について解説するとともに、類似した他のソフトウェアの機能との比較を行うことで、本ツールの特徴についてお示しします。

■ネガカラー写真スキャン画像のカラーバランス調整の困難

 ネガカラーフィルムをフィルムスキャナーやデジタル一眼カメラを使ってスキャンするとなかなか良いホワイトバランスを得られません。よく見られるのはマゼンタに傾く傾向です。しかし自分でやってみるとわかりますが、これを一般的な画像処理ソフトのホワイトバランス調整機能だけで満足できる結果を得るのは非常に困難です。

 例えば、スキャンしたネガカラーフィルム画像のカラー調整について指南している、平間フォトレタッチ事務所による下記の記事があります。

omoide-photo.jp

 上のサイトは全般にフォトレタッチや画像のカラー調整について有益な情報を提供しているサイトですが、この記事では、フィルムスキャンを行いデフォルトの状態でややマゼンタに寄った画像を、Photoshopのカラーバランス機能で調整すると書かれています(GIMPにも同様のカラーバランス機能があります)。この記事に書かれている事例の画像では、カラーバランスの調整だけでかなりうまく調整できているようです。しかし、「正解」パラメータが分からない状態で、実際に自分で調整を行おうとするとこれが至難の業であることがわかります。画像によっては幸運にも、大した苦労なく、そこそこのバランスを達成できる場合もあります。しかし、どの画像においてもうまく調整できるかというと、仮に適切な結果が得られるとしても、おそらくかなりの熟練が必要で、素人が闇雲にスライダーを動かしてもなかなか満足できる結果に至りません。
 カラーバランスを使う代わりにトーンカーブ (RGBカーブ) を使って、R, G, Bチャンネルを動かしたほうが、よりフレキシブルな調整が可能ですので、それで調整を行うというのも一つの手ではあります。しかし、これも調整の泥沼にハマる可能性が高いです。

■なぜネガカラー写真ではカラーバランス調整が困難なのか

 このような現象が起こる原因ですが、筆者は次のように推測しています。ネガカラーフィルムは印画紙において適切な結果が得られるよう、白色光を透過して得られるRGBカーブを最適化しています。しかし、それは印画紙の発色特性に合わせたものであって、スキャナやデジタルカメラのカラーセンサーにとってはそうではありません。その結果カラーセンサー上においてはカラーバランス、ホワイトバランスが崩れた形で記録されます。それがネガカラーフィルムをスキャンしてよく現れる、マゼンタ被りその他のバランスの崩れとして現れるのだと思います(印画紙はGとRの感度のピークが離れているのに対し、カメラセンサーは近接しています。そのため印画紙特性に合わせたネガからの透過光は、カメラセンサー上ではGとRのヒストグラムの過剰な重複として記録されると思われます。これがマゼンタ被りにつながっていると推測します)。その上に古いフィルムでは、フィルム変退色、そしてそれに対するスキャナの過剰補正などの影響で、さらにカラーバランスの崩れがひどくなります。
 これについては、R, G, B別に取り込んで合成するとカラーバランスが適切な画像が得られる、という議論がありますが、現在コンシューマー向けのフィルムスキャナおよびフィルム対応フラットヘッドスキャナではRGB別に画像を取り込むスキャナは存在しません (かつてNikonのフィルムスキャナのみはRGB別に取り込んでいました。Nikonのフィルムスキャナで取り込んだフィルム画像の画質は極めて高い評価を得ていましたが、その高評価の秘密はR, G, B別スキャンにあったと思います)。また白色LEDや太陽光を使ってデジタルカメラでフィルムデュープを行えば当然RGB別の取り込みはできないことになります。このあたりの議論は、以下の記事に書きましたのでご参照ください。yasuo-ssi.hatenablog.com

yasuo-ssi.hatenablog.com

yasuo-ssi.hatenablog.com

 なおプロ、ラボ向けのフィルムスキャナでも、白色LEDで取り込みを行うものがあるようで、*1 その場合はラボに出した写真でもマゼンタ被りが発生すると思われます。なお、フジフィルムのラボ向けのフロンティアシリーズはR,G,B別取り込みを行っているようです。

 また、ポジフィルムについては、白色光源で見るのが前提となっているので、敢えてR, G, B別に取り込む優位はないことになります。かつて印刷原稿として使われるカラー写真にはポジフィルムを使うのが常識でしたが、その理由もこのあたりにあると思います。

 このように考えると、ネガカラーフィルムを白色光源で取り込んだ画像では、そもそも色のピクセル分布自体が「間違って」いるのですから、色相をシフトさせただけで適切なカラーバランスを得るのは困難ですし、仮に得られるにしても満足のいく結果を得るのは至難の業ということになります。従ってネガカラー画像の調整には、色ピクセルの分布自体に大きく手を入れる必要があります。このため、いわば「誤った」色ピクセル分布領域を標的にした、マスクを使った補正が必要なのです*2。この点、デジタルカメラ画像のカラーバランス調整とは大きく異なります*3。そして、そのようなフィルム画像のカラー調整のために開発したツールが、拙作の相対RGB色マスク画像作成ツールです*4
 またBチャンネル再建法で補正した場合、フィルムによっては、その後にマゼンタの汚れが出ます。このような汚れも当然色ピクセル分布の誤りと言えますので、本ツールを使って作成したマスクをかけて、補正していきます。

■相対RGB色マスク画像作成ツールの基本原理

 ところで、相対RGB色マスク画像作成ツールの基本機能は、相対的に、赤、シアン、緑、マゼンタ、青、黄の部分を選んで、その部分を透過 (もしくは不透過) させるマスクを作成します。他のフォトレタッチソフトやRaw現像ソフトでも、多くは色域を指定してそこにマスクを掛ける機能があります。これらの機能と本ツールの違いは、おそらく一般的な色域範囲指定やマスク機能は、RGBやHLSなどの3次元の色空間上で、ユークリッドの距離 (ΔE) *5を使って、指定した色に近い範囲を計算し、その範囲にマスクを掛けていると思われます。それに対し本ツールの特徴は、R, G, Bの色の相対値に基づいてマスクの範囲を決定している点です。つまり、明度は関係なく、相対的に赤いか(相対的にR値が高いか)、あるいは相対的に黄色いか(相対的にB値が低いか)ということで、マスク範囲を決定します。また darktable には、RGB値に基づくローカルマスクを作る機能もありますが、これは絶対値に基づくもので、本ツールの方向性とは異なります。

 そして、本ツールで作成したマスクは、R, G, Bの軸の方向に従って範囲が決定されますので、ΔEを使って作成された近似色マスクよりも、トーンカーブやカラーバランス、レベル補正等を使った R, G, B値調整と親和性が高い (より色の調整がし易い)、という特徴があります。

■相対RGB色マスク画像作成ツールと同様の原理でマスクを作るツールとの比較

 ところで、本ツールのマスク作成原理と似たようなマスクを作って調整する機能として、PhotoshopGIMPの色相・彩度調整機能があります。ちなみに、Photoshopの色相・彩度調整機能の説明は、以下が分かりやすいでしょう。

shuffle.genkosha.com GIMPは、以下です。メニューの[色]から選択します。

GIMPの色相・彩度ダイアログ

 おそらく、これらの色相・彩度調整機能は、筆者のツールと同様、例えば相対的に青、あるいは黄色の部分にマスクを掛けて、その部分の色相や輝度、彩度を調整するようになっていると思われます。しかし、色相を変える方法として、色相をシフトするという編集方式しかサポートされていないのがもどかしいです。またその効果の調整も限定的です。

 因みにPhotoshopGIMP の違いですが、Photoshopの方が、マスク範囲の微調整の方法がより多様なのに対し、GIMPの方は[オーバーラップ] (より範囲を広げる) しかサポートされていません。

 これらに対し、拙作の相対RGB色マスク画像作成ツールでは、PhotoshopGIMPより細かいパラメータ設定が可能になっています。

パラメータ設定ダイアログ

 一番上の xx Mask Threshold は、GIMPの[オーバーラップ]とおそらく同じで、値を上げるとよりマスクの範囲を広げます。また、PhotoshopGIMPにないものとして、有効な明度範囲を指定することができます。これによりシャドウ域のみ、あるいはハイライト域のみ有効なマスクを、具体的な明度範囲を指定することで設定することができます。もちろん、全域を有効にしたければ、0-255を指定します。

 またマスクの透過度 (編集の効果の調整につながる) も指定できますし、ガウスぼかしも掛けられます。さらにマスクのプレビューもサポートしています。マスク作成の自由度が高くなっています。

 ここで作成したマスク画像は最終的にやはりGIMPPhotoshopの中で活用して色の編集を行うことになりますが、それにより、単に、PhotoshopGIMPの色相・彩度ツールとは異なり、色相のシフトや輝度、彩度の変更のみならず、様々な編集ツールを活用することができます。つまり、単にマスクを作るだけですので、編集の自由度が極めて高いのです。特にトーンカーブを使って、RGBのカーブを調整する編集がお勧めです。またマスクを編集すれば、さらに細かい局所局所の編集も可能です。

 なお、よろしければ、上で紹介した平間フォトレタッチ事務所の記事に出ているサンプル画像のうち補正前の画像をダウンロードして、Photoshopのカラーバランス機能だけを使うのと、拙作ツールを活用する(このツールによって作ったマゼンタマスクを掛けてトーンカーブによるG値の調整によって補正する)のとでは、どちらがカラーバランスの調整が容易であるか比較してみてください。「正解」値が分からない状態で手探りで調整を行った場合、どちらが簡単かは一目瞭然かと思います。なお拙作ツールのマニュアルは下記にありますので、これをお読みになり補正してみてください。

yasuo-ssi.hatenablog.com

 また、拙作ツールは、スキャンした書類のシミなどの汚れ補正にもご活用いただけますし、またデジカメ画像であってもカラーグレーディング等にご活用いただけるものと思います。

*1:例えば、かつて以下のような相談がありましたが、白色LEDで取り込むラボ向けスキャナを使ってプリントされていることが疑われます。

okwave.jp

*2:なお、これに対しヒストグラム平坦化というアプローチをとられている方もおられます。以下の記事です。

note.com

ヒストグラム平坦化というアプローチであっても、色ピクセルの分布自体に手を入れている点では同じです。

*3:デジタルカメラのセンサーから得られるRawデータは、白色光でネガカラーフィルムをスキャンした結果とは異なり、一応素直に撮像の色分布をそのまま反映していると想定できます。ただ厳密に言えば、R,G,Bに対する感度の違いはあるはずですが、補正がかかるはずです。そして、意図的なカラーグレーディング等の編集を行わない限り、マスクを使った編集の必要性は低いと思われます。

*4:もともとは不均等黄変ネガカラー画像の補助補正のために開発したツールですが、色ピクセルの分布がそもそも誤っており、通常のカラー(色相)シフト補正では対処困難という点では、不均等黄変も、白色光源スキャンに起因する色被りも同じと言えます。

*5:ユークリッドの距離

ユークリッドの距離 (ΔE)

 ユークリッドの距離(ΔE)とは、色空間が以上のような3軸を取るとき (軸は、RGBでも、HLSでも、L*a*b* でも良い) 類似色の基準になる点から、一定距離になる部分(→範囲は3次元の場合球状になる)を類似・近似色として定める方法です。なお、当然ながら軸が変われば同じΔEでも具体的な類似色の範囲は変わります。

 なお、大半の画像処理ソフトでは、類似色あるいは特定の色域を指定したマスクを作成する際にΔEを使っているものと思われます。