省型旧形国電の残影を求めて

戦前型旧形国電および鉄道と変褪色フィルム写真を中心とした写真補正編集の話題を扱います。他のサイトでは得られない、筆者独自開発の写真補正ツールや補正技法についても情報提供しています。写真補正技法への質問はコメント欄へどうぞ

身延線旧形国電主な特徴一覧 (1975-81)

 ここのところ、身延線旧形国電の識別方法について記事を書いてきましたが、ここで1975~81年に掛けて在籍していた身延線用の旧型国電の主な特徴をまとめたPDFファイルを作成してみました。ただしアコモ改善車 62系は含まれません。

 昔の写真の識別、もしくはモデラーの方にご活用いただけるのではないかと思います。

 ダウンロード先はこちらです。赤で塗ってあるところは他車にあまり見られない特徴、そして、それ以外の色が塗ってある部分は、外見では区別の難しい車両同士を同じ色に塗っています。

 なお、半流の車の3-4位側の樋の形状は、手持ちあるいはネットに出ている写真で確認できたものや手持ちのメモに記録があったもののみ記入しています。但し、多分クモハ60の全車とも平樋、クモハ51の内、戸袋窓がHゴム化されたものはおそらく平樋、一方、51800は丸樋だった可能性が高いです。

 特徴をまとめてみてわかったことがあります。

 

1. 意外にデフロスターを備えていない車が多い

 制御車、制御電動車 60両中、数えてみると24両にはデフロスターがありませんでした。古くから身延線に入ったクハ47でもデフロスターがない車がかなりあります。32系のクハ47、15両中、デフロスターがない車が9両、47100代では4両中3両がありません。東海道本線ローカル用はデフロスターなし、身延線用はデフロスターつきという運用区分が行われていたのかとも思いましたが、身延線用快速表示板を備えた車でもデフロスターがないものがありますし、身延線しか運用範囲がなかったはずの44800もデフロスターがありません。

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左: 47001 / 右: 47055

 一方、クモハ60は全車デフロスターつき、これは一旦御殿場線に投入されていたためでしょうか?クモハ51にはデフロスターがないものが散見されます。

 冬場は困らなかったのでしょうか?もっとも御殿場線の最高標高地点は御殿場駅の457m、それに対し身延線は山間部を走りますが、標高はさほど高くなく落居-鰍沢口間の300m弱程度が最高と思います。御殿場線の方が冬の冷え込みは厳しかったはずです。

2. 前面に幌を備えた制御車は2両のみ

 旧国末期の身延線はMcTc2両の運用と、4両固定の運用がありました。4両固定には、アコモ改善車または、McTMcTcの編成がはいり、この旧形編成のTにはサハ45が、中間のMcには半室運転台の51850代が入るのが定番でした。

 ただ、クハ68の内、68019と68109のみには正面に両支持形幌が備えられていましたので、この2両がサハ45の検査や故障時には代理で入ったと思います。ちなみに身延線では、横須賀線で使われた70系と同様両支持形幌が使われていました。横須賀線からやってきた車輛が多かったのでそうだったのでしょう。

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平妻クハ68の違い

 一方、51850代が検査の際は、おそらくやはり幌のあった51802が入った可能性が高いと思いますが、しかし、幌はなかったものの、平妻の41850が充てられているのを写真に撮っています。75年までは41800もいましたが、こちらは中央西線篠ノ井線のローカル用に放出されました。

 単純に考えれば、幌の備わっていた41800や43810を残したほうがサハの隣に非貫通のクモハをつなぐような非合理はなかったはずですが、おそらく転出先の事情で幌付きのクモハが要求されたためでしょう。というのは、中央西線篠ノ井線ローカルの運用は、McTc基本でしたが、最長これを3編成つないで、6両を貫通させる運用が毎日あったからです。

 身延線で51850/2以外に幌付きのMcがあったほうが良いのは、51850/2が検査の時だけですので、北松本側の事情が優先されたのではないかと思います。そのためより古い41850が残されたのではなかったかと推察します。

 なお、アコモ改善車が来る前は、やはり幌を備えていた半室運転台の43800代が51850台と同様、主として中間車役を務めていたようです。そして前面に行先表示受けを備えていた41800と43810それに先述の51802が時々43800代の検査時に中間車役を務めていたものと思われます。

 ところで、51850代は、先頭に立つことがほとんどなかったはずですが、なぜかしっかりデフロスターが備えられていました。

3. クモハ51850 サボ位置のナゾ

 なぜかクモハ51850のみサボの位置が高いところにあります。

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クモハ51850

  これは、以下の2つのサイトを拝見すると

kokuden.net

blog.goo.ne.jp

 どうやらこの車両は、1973.3~75まで、中央西・篠ノ井線ローカルの電車化のため一時北松本に貸与されていたようです。このためサボの位置が変更になったようです。しかも大糸線標準のスカイブルーに塗り替えられています。貸与扱いになったのは、アコモ改善車の投入が遅れていたためのようです。その後、遅れていたアコモ改善車の投入で、他のクモハ43が本格的に北松本に転出したのち、出戻りになったようです。

 ただ、なぜそのまま51850がそのまま北松本転属にならず、クモハ43と交代したのかが分かりません。ともに北松本に行ったクハ68001, 011*1は73.3に転出したきり戻りませんでした。当初の計画だと51を北松本に転属させる予定だったということですが、三扉車をなるべく残して二扉車を転出させたほうが良い、という判断だったのでしょうか。もっとも二扉のクハ47が大量にいましたのでそれもあまり意味があるようにも思えませんが...

4. 運行灯の大型化のなぞ

 旧形国電の運行灯の大型化は、私は今まで、関東で戦後に改修されたものと思っていましたが、どうも誤解のようです。クハ55からクハ68に編入されたグループはすべて大型運行灯を備えていますが、この中には関東に行った経歴のない車両もあります。また飯田線のクモハ54のうちクモハ60を改造したグループ(これも関東に行ったことのない車両を含む)はおそらくすべて大型運行灯になっていたのではないかと思います。一方、身延線に大阪から直接入ったクモハ51には、Hゴム化されたものを除いて一両も運行灯が大型化されている車はありません。なぜ旧40系からの編入車のみ関東式 (?) の運行灯大型化がなされたのでしょうか? 静岡局へ来てからわざわざ改造とも思えないので(だったら51も改造するはず)大阪時代に既に改修されていたはずですが...

 確かに、以下のページに68103の大阪時代(1967年)の写真が掲載されていますが、運行灯は既に大型化されています。

drfc-ob.com

 一方、以下のページにはクハ68093の1956年大阪時代の写真が出ていますが、こちらは原型のままです。

http://tetosa1970.g1.xrea.com/kyuugata40gata.pdf

 

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最後に当時の沼津機関区所属電車一覧を掲載します。

1977.3.31現在 (赤字は1974年以降新規転入した車両 )

身延線

モハ62 000, 001, 500~503

クハ66 000 - 002, 300 - 303

クモハ60 800 - 816 (偶数)

クモハ51 800 - 828  (偶数), 830, 850, 852

クモハ41 850

クハ68 019, 093, 095, 103, 107, 109

クハ55 301, 319, 440, 441

クハ47 001, 003, 005 - 008, 051 - 067 (奇数), 100, 106, 110, 112

サハ45 008, 012

クモハユニ44 800 - 803

御殿場線

クモハ73 024, 028, 030, 033, 035, 037, 043, 064, 068, 088, 106, 114, 170, 359, 900, 902

モハ72 121,142, 145, 148, 211, 941

クハ79 301, 309, 389, 425, 937, 939

サハ78 023, 030, 106, 111, 113, 119, 120, 400, 401, 451 - 455

事業用

クモハ12 001

クモヤ22 202

クエ28 002

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1974.3.31現在 (赤字は1970年以降転入した車両, 緑字は 1977年までに転出 [含廃車] した車両)

身延線

クモハ60 800 - 816 (偶数)

クモハ51 800 - 828  (偶数), 830, 850, 852

クモハ43 800, 802, 804, 810

クモハ41 800, 850

クハ68 019, 093, 095, 103, 107, 109

クハ55 301, 319, 440, 441

クハ47 001, 003, 005 - 008, 051 - 067 (奇数), 100, 106, 110, 112

サハ45 004, 005, 007, 008, 012

クモハユニ44 800 - 803

御殿場線

クモハ73 024, 028, 030, 033, 035, 037, 043, 064, 068, 088, 106, 114, 170, 359, 900, 902

モハ72 121,142, 145, 148, 211, 214

クハ79 301, 309, 389, 425, 937, 939

サハ78 015, 023, 030, 106, 400, 401, 451 - 455, 456, 457

事業用

クモハ12 001

クモヤ22 202

クエ28 002

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1970.3.31現在  (緑字は 1974年までに転出 [含廃車] した車両)

身延線

クモハ60 018, 073, 075, 078, 078, 084, 115, 117, 124

クモハ51 006-009, 012,  017, 018 - 024 (偶数), 800, 802, 830, 850, 852

クモハ43 800, 802, 804, 810

クモハ41 800, 850

クモハ14 800, 802 - 823

クハ68 001, 093, 095, 103, 107, 109

クハ55 440, 441

クハ47 001, 003, 005 - 008, 051 - 067 (奇数), 100, 106, 110, 112, 151, 153, 155

クハ16 471

サハ45 004, 005, 007, 008, 012

クモハユニ44 800 - 803

御殿場線

クモハ73 066, 068, 076, 107, 123, 129, 131, 140, 150, 152, 160, 168, 193, 209, 217, 249

モハ72 121,142, 145, 148, 211, 214

クハ79 301, 309, 389, 425, 937, 939

サハ78 015, 023, 030, 106, 400, 401, 451 - 455, 456, 457

事業用

クモヤ22 202

クエ28 002

※この時は、17m車淘汰が進行中で、クモハ14置換用に大阪から転入してきたクモハ51や御殿場線から転用予定のクモハ60がまだ未改造か未改番状態です。クモハ51は、大体1~3月に転入してきて、6~7月ごろ改番になっています。

因みに、1970年に転入・転用になったクモハ51, 60の新旧番号対応表は以下です。

51006→51806
51007→51808
51008→51810
51009→51812
51012→51814
51017→51816
51018→51818
51020→51820
51022→51822
51024→51824
51050→51826
51052→51828

60018→60800
60073→60802
60075→60804
60078→60806
60079→60808
60084→60810
60115→60812
60117→60814
60124→60816

 クモハ51804~824までは元々関東向けクモハ51です。戦前の関東向けの電動車は1~3位側が電気側と決まっていましたが、身延線でもその通りになっています。しかも、中央線向けのモハ51はすべて下り(偶数向き)で、しかも1~3位側が電気ということは、関西(京阪神緩行線)に行くと海寄りが電気側になってしまいます。京阪神緩行線は戦前は海側が空気、山側が電気に統一されていましたが、関東から転入したクモハ51は方向転換や機器の移設を行うことなく海側が電気のまま使われたようです。

 関東・静岡地区の偶数向け電動車が、かなり熱心に機器の移設が行われたのとは対照的です。

 あるいは戦後関西で埋め立てが進んで海風の影響が少なくなった、ということだったのでしょうか。

 また、1970年のクモハ73と1975年のクモハ73の配置が大幅に異なっています。御殿場線電化当初は主として松戸から沼津にクモハ60と73系が移動してきたようですが、クモハ60の17m車淘汰転用の穴埋めに、クモハ51と連れ立って関西からクモハ73が転入してきたようです。さらに1972年のダイヤ改正京阪神緩行線から余剰となった全金属改造のクモハ73が大量に転入してきて、半鋼製の73の大半を置き換えたということのようです。

 

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以下のページもご覧ください。

yasuo-ssi.hatenablog.com

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*1:なお、68011は中部天竜から一旦沼津に転入した後、間もなく北松本に転出。